2011年11月の記事 (1/1)

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触れること、それは患者さんの身体を思い出させること

私たちの人生は、
私たちが費やした努力だけの価値がある。

モーリアック



とりあえず、タイトルだけでもかっこよく(笑)


最近、触れること、患者さんが気づく、感じることって
どうゆうことなんだ?

とそんなことばかり考えています。


それは…………

来月にとある名古屋の病院での今年の締めの勉強会での講義を、
いつもお世話になっているボスから依頼されたからです。


テーマは、
患者さんが実感できる、ことを
勉強会に参加するセラピストに実感できるような内容を…


という完全に無茶ぶりな(笑)講義内容の依頼。


やりますよ、あ~やります★


来るもの拒まずですから、頂けるチャンスはどしどしチャレンジします!


ということで今回のテーマ、
触れることは患者さんの身体を思い出させること

について書きます。




では最近のつぶやきを……………


身体を感じられない方には身体の存在感、
体重がかけられない方には体重をかけても大丈夫という感じ、
痛みが強い方には痛みがなく滑らかに動く感じ、
下肢が重く感じる方には軽く動く感じ、を感じてもらえることが大事。



見た目は同じような運動であっても、
患者さんの認識によりアプローチはもちろん変わるはずです。

見た目の動きを観察することも大事ですが、単なる関節運動だけでなく、

なぜそう動くのか?を考えないといけないと思います。

それに応じて患者さんに感じてもらうべきこと、は変わってきます。



口でゆうのは簡単。
でもみんなが悩んでいるのは
それをどうしたら患者さんに感じてもらえるような関わりができるか、だと思う。

でもそのためには患者さんがどう感じているか、
ということを感じられないといけない。



若いセラピストの方は、多いんじゃないでしょうか?
自分も若き日、患者さんがどう感じているか?なんて考えたことがありませんでした。

見た目の運動だけを修正しようとお尻を前に、とか膝を曲げないで、とか言っていました。

そして膝を曲げないでと言い、患者さんが膝をロッキングしたら、

それは伸ばし過ぎ!!!

なんてゆう無茶な要求ばかりしていました。


患者さんはそれがコントロールできないから困っているわけです。膝がグラグラして、上手く踏ん張れないから移乗や歩行で転倒リスクが高く、介助を必要としていたりします。

そんな患者さんに膝の制御を行わせるようなアプローチ、外見上の関節運動やアライメントだけを基準にアプローチしてしまうとこうなりやすいです。



でもそのためには自分の身体を感じられないといけない。

知識同様、身体の感じとりも、
自分の知っていることしか伝えられないから。
自分の身体を大雑把にしか感じなければタッチも大雑把になる。



だからこの部分が大事なんです。

自分達は立ったり、歩いたり、家事などをしている時に
自分の膝の曲がり具合を気にしますか?

そんなことは多分気にしません。膝に何か心配を抱えていない限り。

そして自分達は膝が伸展していようが、軽度屈曲位だろうが、
さらには深めの屈曲をし、中腰のような姿勢になっても
立位での活動や歩行は可能です。

つまり大切なのは、外的に見える姿勢やアライメントだけではなく、
立つ、歩く、動くための
”コツ”をつかむこと、だと思う

そのコツとは…。自分の身体を使って考えてみて下さい。

僕が言葉で説明しても理解できないと思います。
すぐ理解できるなら、それは頭で理解しているだけです。

自分の身体で
当たり前にできている、下肢を使うこと…。

あなたはどう感じますか?


患者さんも病前は当たり前でした。何も気にしなくても当たり前に立ち、歩けました。

それが急にできなくなる。

どうやってやっていたかも分からない。

何を気をつけたらいいかも分からない。


その状況にある患者さんに
当たり前に使えていた下肢を思い出してもらうために

僕らは何を伝えたらいいでしょうか?


そのためにはまず自分の身体を感じることだと思います。



あと患者さんに触れて、
いきなり動かそうとしてはダメ。

まずは患者さんに何が起こっているのかを感じること。
何が起こっているか分からなければ、
こっちが何をしたらいいかは分からないはず。



みなさん、動かしたがります(笑)

でもまずは患者さんの身体に触れ、何が起こっているのかを感じましょう。

どんな風に姿勢を保持しているのか?
どっちに行きたくなさそうなのか?
どこで力を入れているのか?
どこが全然使おうとしていないのか?

観察の中で、気になる所があれば触ってみましょう。
左右差を感じてみましょう。

そしてその中で、患者さんの特徴を感じましょう。

そしてその原因、仮説を考え手見ましょう。



自分が患者さんに触れて意識することは、
動かすことではなく、患者さんが動けそう、動いても大丈夫そうといった
動くための準備や、動くため・動きを感じるために必要なコツに気づいてもらうこと。

体重をかけられそうだと感じれば、患者さんはかけようとする反応が出る。


歩行を目指すのであれば立位の中で脚が出せそう、と
患者さん自身が感じられることようにすること。

そうすれば手の力が抜けたり、
自発的に一側下肢に荷重したり、
対側下肢をむずむず出すような反応が出るように、導きます。



こちらの関わりは動かすことではなく、
患者さん自身が自分の身体を思い通りに動かせ、
それを自分自身で感じ取れるような
環境、状況を整えること、だと思います。

思い通りに動かせる、ためには
本人の動かそうという出力と
実際の支持面や動かす身体部位からの情報が
一致していないといけません。

重さが阻害因子であれば重さを減らすことを助け、
圧覚が鈍麻しているのであれば、
圧覚に注意を向けやすくすることを助けたりと、

入出力のズレを生じさせる原因を検証し、
その問題となるズレを患者さん自身が徐々にコントロールできるように助けるべきだと思います。




なんてことを考えています。

予測した通りの入力が得られることで


患者さんは

安心、楽、という経験ができます。

その経験を作り上げ、
最終的には、患者さん自身でいつも
安心、楽に動ける身体を作っていけるような
お手伝いができればと思っています!

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自分の身体、動きを感じますか?

習慣化した行動が、
自らを苦しめている

  センソリーアウェアネスの考え方


言い忘れました…

昨日の勉強会の講義スライド
テーマ「プレゼンテーション」のスライドが欲しい方は

管理人にメールより
プレゼンスライド希望
氏名、所属、経験年数を書いて
メールを下さい★



次のBridgeはいつやりましょう…

できたら1月中に、実技祭りをやりたいと思っています★

またブログ、メーリングリストにて日程が決まり次第
ご連絡させて頂きます!



ということで本日のテーマ

自分の身体、動きを感じますか?

について思うことを書きます!



最近、このBridgeや、
自分が関わる勉強会(three riverさんや名古屋の病院での勉強会)では
必ずといっていいほど、


実技

の時間があります。


それはやはり主催者の意図が

知識をいかに臨床で活用できるか

にあるからだと思っています★

知識だけの勉強会は少ないですね。

もちろん知識を学ぶ、増やすことは大事ですが、
そうゆう勉強会は外に沢山あります。

自分よりも知識のある人は沢山いるので、
それはどんどん外に出て吸収してきてもらいたいと思っています。


ただ、自分の周りのすごくできる後輩、

カッサーノのニューロリハ日記
ワタル
もう一歩積極的に
歩け!たいやき君のリハビリ日記


↑こんな人達ね(笑)

そんな自分より知識のよほどある後輩たちでも

いざ実技の場面になると戸惑う場面を多くみます。

上手くできず、混乱しています。


それでいいんですよ★
いきなり上手くできたら誰も努力しませんから(笑)

今ある知識はいつか
臨床でのアプローチの役に立つと信じています。



なぜ、実技、臨床でも患者さんのアプローチは
思い通りにいかないのでしょうか?



個人差があるから…

なんて言葉で逃げたら前に進みませんよ。


昨日のプレゼンの講義でも話した内容と絡めると、

あなたが

相手にしている

アプローチを


相手は

どう感じるか

分かりますか?



簡単に言えば、これが分かっている状態が

”共感”している状態と言えるかもです。



若いセラピスト同士の実技練習で、

検者「今どうですか?」
被検者「なんか違うなぁ」

的な場面をよく見ます。

要するに
検者の狙いが相手には上手く感じ取れないんですね。


でもその前に
検者側の人は
どんな狙いを持っているのでしょうか?

相手に何を感じてもらいたいのでしょうか?


まずはこれが明確でないといけません。

目的がなければ
受け手はそりゃぁ分かりませんよね。


一側下肢に荷重を載せていく、という課題では


荷重が載っていく感覚を感じてもらいたいはずです。

じゃあ荷重が載る感じ、
というのを
まずは検者側が分かっていないといけません。


知識と一緒で
身体や運動の感じ、も
自分が分からないこと、感じないことは
相手に伝えられません。

身体や運動を関節の動きやアライメントだけで
判断している限り、
相手の見た目の関節の関係だけを
気にしながら動きを誘導してしまおうとします。


大切なのは動きを誘導するのではなく、
荷重が載っていく感じ、を感じてもらうことです。



載る感じが分かれば
相手はその載る感じを感じながら、
体重を乗せることができるはずです。


まずは自分の身体で感じる、ことができるかどうか、が
大切だと思います。



では最後につぶやいときます

実技………

・上手い人のを見ているだけでは上手くならない
・上手い人の”方法”を真似するのでなく、上手い人の見ている”目的”を真似する
・やっているだけでも上手くならない
・上手い人と、下手な人の両方にやられてみて、初めてその”違い”に気づくことができる。
・相手にやってみて、自分の狙いと相手の「感じ方」の違いに気づくことで、自分のアプローチが何をしているか?に気づくことができる。

なんてことが大切ですかね★


では長い文章を読んで頂き、ありがとうございます★

プレゼンテーション×リハビリテーション

悪い想像はどんな強気の人をも及び腰にし、
よい想像はどんな弱気な人をも積極的にします。

   ジョセフ・マーフィー(精神法則に関する世界最高の講演者の一人)


最近、更新が滞っておりすいません。

なのに、毎日30名を越える方がご覧になって下さっている現状…

もう少し、ちょくちょく更新していきます★


今週の日曜日は
いつもお世話になっているボスの開催している勉強会での講演。

テーマは「プレゼンテーション」

すでにスライドは100枚を越え…(笑)
せっかく2時間も頂いているので
いかに飽きずに興味をもってもらえるか。

プレゼンの講演で
プレゼンつまらないんじゃ洒落になりませんから…。


プレゼンはリハビリと一緒だと思っています★


こちらがやってるだけじゃ意味がなくて、
相手…つまり聞き手や患者さんが

変わって、そして喜んでくれるからこそ
自分が関わった意味が生まれるのではないでしょうか。


またプレゼンのために
勉強をし、再考しながら
自分の考えをまとめ、シンプルにしていく。

そしてどうしたら
相手が理解できるのか?
どんな言葉で説明したら良いのか?
どんな刺激の仕方をしたら良いのか?


これが臨床においても
患者さんとのコミュニケーションに必ず活きてきます。

自分がやりたいことをやって自己満足するのではなく、

相手を楽しくさせ、
そして
楽しんでいる相手を見て
自分が喜べる。


そんな
プレゼン、リハビリが
できるようになりたいと思う今日この頃。

最近のつぶやき まとめ

やさしい言葉は、
たとえ簡単な言葉でもずっとずっと心にこだまする。

   マザー・テレサ(修道女)


最近、ツイッター…大活躍です。

自分の考えを思ったままつぶやけるので、
常に妄想している(笑)自分にはすごく都合のいいツールです。

ではでは
最近のつぶやきを
まとめときやす★


長いので本当にお暇な人だけご覧ください★

管理人の私見ですので
正しくないことも多々ゆうてる可能性があります!


【シンポジウムを終えて】

痛み、セラピストが痛みをとるだけではダメ。
それだけではセラピストに依存してしまう。
患者さん自身が痛みと向き合い、理解し
自分で解決、日常のケアができるように関わることが大切。


患者さんの喜ぶ顔が見られる関わりを。簡単そうで深い。
そうゆう顔が見られるのはやはり患者さんの抱えている問題と
こちらのアプローチがピンポイントにマッチし
改善が共感できた瞬間だと思う。


デモはやはり難しい。
実際にやっている人の感じ取っている身体や重心、
筋緊張のわずかな変化、は見ている人には非常に伝わりにくい。

見たり感じる能力にも差がある中で全参加者が分かる説明、
今の自分にはそれができないかもしれない。
少人数なら可能だろうけど。


課題の設定から、立ち位置、触る部位、触り方、触る強さ、
声のかけ方やタイミングが
その瞬間瞬間の患者さんの変化の中で流動的に切り替えている。
上手く言葉にできないことが多々ある。
でもそれを何かしらの方法で若い子に伝えることができると、
若い子にその大切さが伝えられると思う。


シンポジウム、感じたことはそれぞれに言葉の解釈にズレがあること。
言葉はそれまでの体験に基づいて意味付けされるから。


次のBridge実技祭は自分が何をどう見て、
それをどう解釈してどう検証してどうアプローチしているか、を
半日かけて皆の前で被検者を出して提示しようと思う。


勉強会、参加してくれるセラピストのために知識を臨床につなぐ役目を果たしたい。
そのためにはまずは自分の身体で体験しないといけない。

自分の身体ですら分からないこと、を専門知識のない患者さんにどう伝え、感じるようにするのか。
まずは自分自身の身体で体験すること。

次に参加者にも体験してもらうこと。
同じことをしても人それぞれに体験、意識経験は違う。
それを知ることも大切。
自分の身体だけを基準にすればそれは押し付けになってしまう。


膝がしっかりするとはどうゆうことか、
体幹が上手く働いていることはどうゆうことなのか、
荷重が上手くいっているとはどうゆうことなのか?

参加者自身が感じられるようになってほしい。
5-7年目のセラピストが若いセラピストに感じてもらえるように関わる。
次に若い子同士で比較し、修正する。


自分の中でいい感じ、が分からないなら、
患者さんがいい反応をしてもそれに気づけないかもしれない。
まずは皆それぞれが自分なりのいい感じをつかむこと、
それを上の年数セラピストが体験できるよう促す。

若い同士で困っていれば助ける。その中で上も下も一緒に成長する。


上手くいく、感じることの喜びを感じる。
それがあって初めて知識の重要性が分かる。

勉強することの意味が生まれる。





【下肢装具】

下肢装具の必要性、もちろん大切。
ただ装具は退院後自宅で使用する頻度は激減する。
お風呂はもちろん、ちょっとトイレ行くだけなら手間からつけない人も多い。
装具がない状態での動き方も患者さん自身が
理解していないと自宅退院後に機能の低下や代償の増強は避けられなくなる。


裸足になっても応用できる下肢装具の使い方が大切。
つまりは下肢自体で感じ、制御することを身につけてもらう。
装具ありきの制御ではなく、装具はあくまで下肢の能力の不十分な所を助け、
下肢の制御できる部分は自分で制御する。

装具は処方したらはい終わり、ではない。


下肢機能が改善しているのに
装具の固定や制動角度がそのままでは
本来の下肢機能が抑制される可能性もある。

健常者が装具をはけば歩きにくさはすぐに経験できる。


【患者心理と運動制御、過剰努力】

患者さんに対して一つの答えを求めるから、
患者さんはその期待に応えようと努力してしまう、
というかせざるをえない状況に追い込まれる。

答えではなく、
何を感じているかを患者さん自身が考える中で
自分の身体や動きに気づきやすくなる。


患者さんは、人生や運動パターンに無数の選択肢があることに気づいてほしい。
セラピストをはじめ患者さんを取り囲む人の
何気ない言葉がその自由度を奪う可能性があるし、
逆に新たな選択肢に気づくきっかけにもなる。
自分は後者でありたい。


良いも悪いも決めるのは患者さん自身。
その選択肢は患者さん自身の経験の中しか生まれない。
良い経験をしてなければ悪い経験の中から選択するしかないはず。
だからこそ思い通りに動かない感じない患者さんに
こちらは良い経験を一緒にすることが大事だと思う。


失敗してもいい、と思える心の余裕が
患者さんの過剰な注意や筋収縮を解放する。

失敗があるから上手くいった時の違いを感じることができる。
失敗を突っ込むのではなく、
成功した時に一緒に喜んだ方が患者さんの記憶に残りやすいのでは…


何がよくて何がよくない感じなのか、
患者さん自身が自分の身体を使って感じることが大切。
だから失敗してもいい、という声かけは大切。

うちは適当でいいよ、ということが多いけど(笑)

リラックスしてやることと、手を抜くことは違う。



【運動イメージ】

運動イメージは内言語と似ている。
はっきりとした形はなく全体的で抽象的。
イメージだけで麻痺が改善するとは思えない。
ただ経験した瞬間の感じ、を保持したり
繰り返す中で再現するためには利用できるかもしれない。


運動イメージは今現在ある身体でのみ意味を持つ。
おじさんが若き日のつもり(イメージ)で走るから転んだりする。

イメージと今の脳のネットワークや身体機能そのものが
そのイメージしている状態と異なっているから。


はっきりとしたイメージができる!という人は
スーパーアスリートか
単に外から見たような動きをイメージしたいわゆる視覚的イメージだろう。

ただスーパーアスリートの長嶋前監督もバッティングの指導は
若手にはつたわりづらい表現だったようだし…
やはりイメージはその人だけのものだろう。


運動イメージは言語化しきれない
微妙な感じとりも内在している、身体内感のような感じか。

無理に言語化しても他者には伝わりにくい。
言語はその複雑で抽象的な感じとりの一側面しか表現できないから。



上手くいっている感じを経験することで、
上手くいっている感じをイメージすることができる。
それはその時に賦活したニューロンネットワークを強化することにつながるのか。
それがないままイメージしてもそのネットワークができるのか?!


自分の臨床ではイメージだけで改善する患者さんをあまり見ない。
イメージだけで麻痺が改善するならイメージだけの訓練にするんだけど(笑)

それよりも一緒に良い経験を失敗しながらも
繰り返しながら患者さんと喜んだり、
悩んだりしていく方がその後の再現性は高いと思う。


ただ良い経験をしてもすぐにイメージしたり、
実際に一人で再現しようとしても難しい人もいる。

その時に言語を使う。

患者さん自身にこの辺を気にしたら上手くできる、という部分を一緒に探す。
ある部分で良い経験が再現できているなら、その一部を言語化しておく。



例えば立位で、膝がぐっとしている感じで立って、という言葉で
上手く体重を支持しながら動けるのであれば

膝をぐっと、というキーワードを使う。
その言葉が下肢全体の良いイメージを再現するトリガーになる、という臨床的な印象。


【知識と技術】

動きや姿勢、筋緊張、表情、言葉など
アウトプットだけを頼りに治療をし、なぜ変化したかの
プロセスが曖昧では良くない。

そこには知識と考察が必要。
でもアウトプットからわずかな変化も感じ取れる観察能力も必要。
頭でっかちになりすぎ、この感じ取りを軽視するのは良くない。


いくら認知機能を高めたとしても関節の構造は変わらない訳で。
知覚や認知ばかりを考えすぎて
構造上あり得ない動きを誘導しても良い感覚情報は入らない。


今日は病院の2~4年目のPT・OTと症例のビデオケーススタディから
実際のアプローチのための実技練習に発展。

このメンバーはしっかりと脳機能の勉強をしながらも
目の前の患者像を捉える努力をしている。
自分が同じ年代の時よりもよほどやってる。
うちも偉そうなこと言いながら一緒に勉強(笑)


偉そうにゆうのは自分へのプレッシャーをかけるため(笑)
そして自分の言ってることを後輩に感じてもらえるように実技提示する。
あまり細かい説明はしない。

感じ取りには知識と経験、イメージなど個人差があるから。
自分が一人の後輩に実技で感じてもらったあと、後輩同士で実技を行ってもらう。


その中で、さっきと全然違うぞ!
じゃあこうしたら?持ち方が悪い?力が弱い?方向が悪い?
その方向に関節は動かない?などディスカッションをしながら
実技をやり合ってもらう。

後輩それぞれが自分のやっていることが
実際にやられると予想とはかなり違うことを実感できればそれで良い。


自分がアプローチで狙っていることと、
相手がどう感じているか?
このズレを少なくできればアプローチの正確性が増す。

そのためにはまず自分の身体で同じ目的でアプローチされた際に
人が違えば、触られる場所や強さが違えばこんなにも受ける人は
感じ方が違うんだ、ということに気づかないといけない。


知識を増やすことは絶対に必要、反論する理由はない。

けれどそれを体現できるかどうかはまた別の問題。
現実の臨床では患者さんはどこを感じていてどんな風に感じていて
どのくらいの刺激量で…なんてことは目にも見えないし、

専門知識のない患者さんは何がどうなっているかも分からないかもしれない。


だけど刺激に対して患者さんは何らかのリアクションをするし、
楽とか怖いとかふらつくなどの意識経験は生まれる。

そこではセラピスト、患者さんの主観的な感じ取りを
大事にしなければならない領域もあると思う。

リハやアプローチの良い、悪いを決めるのは
最終的には患者さんの主観的な思いがあるから。
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