2014年06月の記事 (1/1)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

求められるセラピストとは?

群れを飛び出しても生きていけるような
人間が集団を作った時、その組織は強くなる。


             河上 和雄(法学者)


答えのない問いなのかもしれませんが、

ブログの名前に
必要とされるセラピストになるために

なんて偉そうに書いているので、

思いを徒然なるままに書いていこうと思います。



群れを飛び出しても生きていける


これ、すごく大切なことだと思います。


セラピストの世界って、

意外に閉鎖的じゃありませんか?


自分の知識や技術に自信がなければ

病院内の先輩の言うことや
勉強している(ように見える)スタッフの言葉や
アドバイスが正しく聞こえてしまったりします。


面倒見の良い先輩がいれば
質問にも何でも答えてくれ、
実技でも教えてくれる。

じゃあ研修とか行かなくてもいいか、とか考え毎日を過ごす。


ただ、そこで少し考えてみてください。

その先輩の知識や技術は本当に良いものなのか?と。

その病院で良し、とされているリハビリの考えや方法論は
外から見ても、良いものなんか?と。


もちろんどんな考えが1番いいかなんて多分、分かりません。


でもそれを確かめるためには

外に出ることです。

外のセラピストの考え方や知識、技術に触れることです。



外を知る、ことが
自分の力や、自分のリハビリ科の考えや方向性の
良し悪しを考える基準になります。


井の中の蛙、って言葉がありますよね。

自分の病院の中ですごい、と言われるセラピストは
セラピスト業界の中でもすごい人なのか?


そうであれば
その先輩についていくことも
ありかもしれません。


だけど、そんな人…そうそういません。


群れを飛び出しても生きていける

と自分が思えるセラピストの方々(先輩後輩に関わらず)には

共通点があります



それは………


自分の言葉で自分の考えを伝えられ、

かつそれを行動に移している



人です。


質問に対して、教科書に載っているような言葉で説明をできる人はたくさんいます。

でもいざ実技をやると……あれ?ってゆう方もいます。


知識を持っていることは大切です。

でもそれを他人に分かるように伝えられるためには、
自分の中で消化・吸収、
臨床とのすり合わせの中で、その用語の意味を理解、アップデートを
繰り返していく必要があります。


言葉は便利です。

体幹が弱い
股関節が弱い
姿勢制御ができていない

とか言ってしまえば、
それなりに聞こえてしまいます。

大きくハズレはありません。


それはこれらの説明が抽象的だからです。


日本人は欧米の人と比べて内気な人が多い。


これと同じくらい曖昧で適当な言葉です。


内気の定義をしないで
なんとなくイメージだけで伝わってしまう。

みんな内気なわけでもないでしょうし、
内気といっても程度や内気が現れる場面も皆違うのに…


それくらい曖昧です。

臨床でも

股関節が歩行の荷重の際ぐらついていれば

股関節が弱い

という説明は大きく外れていないかもしれません。



でも同じような現象が現れるAさん、Bさんの2人がいたとすれば

その2人の股関節が弱い、という現象の原因は同じではありません。


そのAさん、Bさんの違いが説明できる、ことがセラピストに求められることだと思います。


そして説明したことを他者と患者さん自身にも分かる方法で実感できるような介入と
それをより良くするための方法が提案、実践できることができる。


やはりここではないでしょうか?


治療理論や方法論に関わらず、
自分が尊敬しているセラピストは
この部分を追求している人です。

自分で考え、行動しているからこそ
自分の言葉と手で
相手に伝えられるのだと思います。



そして自分もそうありたいと思っています。


話にまとまりはありませんが、今日はこんなところで失礼します。
スポンサーサイト

「私の名前、覚えてますか?」これに意味は…?






「私(セラピスト)の名前覚えてますか?」と
自分の名札を隠して、患者さんに聞く場面をたまに目にします。


これって、何の意味があるんでしょうか?


患者さんが、あなたの名前を思い出せない、知らないことで

生活に支障をきたすのでしょうか?


セラピストの方は、何を意図しているんでしょうか?

名前を覚えてもらいたいのか?

患者さんの記憶力を試しているのか?



自分の名前を無理矢理覚えさせた所で、何かが変わるんでしょうか?

変わるんなら良いと思います。

逆に記憶力の問題であったり、そもそもセラピストの名前なんぞに興味がなくて
覚えていなかったり、思い出せなかった場合に、

患者さんは

セラピストに
失礼なことをした…
ごめんなさい…

なんてゆう聞かなければ生まれることすらない
負の感情を作り出してしまうかもしれないのではないでしょうか。


もちろん、僕も初対面では名前を出して挨拶をします。
担当の方でも、
名札の位置に患者さんの目線が動いた際には
すかさず、名前を名乗ります。

別に名前覚えましたーーー?なんていじわるはあまりしません。

名札を見ようとしてくれているのは、
名前をまだ覚えていないけど、覚えようとしてくれている意志の現れだと思うんです。


名札を見ようとしている時点で
まだ名前を覚えていない、けど覚えようとしてくれているサインだと思うんです。

そこをすかさず隠して「名前覚えましたー?」なんて聞いたら
答えられないですよね。
答えられないと申し訳ないと思ってくれているから
名札を見て確認しようとしているのに。


僕は人の名前を覚えるのが苦手です。
やっと最近、新人さんの名前と顔が一致したり、しなかったりします(笑)


記憶は情動と結びついています。

何か心が動かされた時、その経験と一緒に記憶されやすくなるようです。


だから自分は担当のスタッフが休みで、
代わりに入った時に

次の日にその患者さんとすれ違った時

「昨日はありがとねー」「あの後は上手くいったよ」とか
リハビリを通じての経験を覚えてくれていて、
声をかけてくれることがすごく嬉しいんです。

あとはリハビリが終わった後に
「名前何だった?」と患者さんから名前を覚えようとしてくれている時や、

あと一回しか入ったことのない患者さんに
「(自分を指さして)あの人がこれ教えてくれたんだよ」と担当のセラピストに説明してくれていたりすると

関わって良かったな、としみじみ思います。


自分の名前を覚えさせることなんてどーでもいいんです。

患者さんが喜ぶことを提供できれば
自然と顔や名前を覚えてくれます。

信頼関係はリハビリの関わりの中で、患者さんの心と動きがいかに良い方向に変わったのか、そこから築き上げられるのではないでしょうか。


9月の勉強会決定!テーマは姿勢★

勉強会のテーマ、日程が決定しました

テーマ

姿勢の再考 ー 運動療法の効果をより高めるために

日時

9/14(日)9:30〜受付、10:00開始


会場 ー いつもと違う会場(すぐ近くですが…)ですのでご注意ください!!

刈谷市産業振興センター(◀︎会場のアクセスはこちらをクリック)

603会議室



10:00ー12:00 
 講義 良い姿勢とは何か?身体各部位の役割を考える

13:00ー16:00
 実技 姿勢から運動を考える、姿勢から運動を変える



定員 30名 → 40名 (参加者多数のため増員!!)


【参加の受付方法】

ブログ左上の「管理人にメール」より

件名:9月 Bridge参加希望

と書いて、

本文に
・氏名(ヨミガナ)
・職種
・経験年数(○年目)
・所属

★メールアドレスはパソコンのアドレスでの登録をお願いします!
(エラーになり受付のメールが届かない場合があります)

を記載し送信して下さい!!
(複数名の記載も可能です)

今回も先着順とさせて頂きます。

参加の受付の返信メールは
数日分まとめて行うため、
数日空くこともありますが、
ご了承下さい。
**********




今回のテーマは姿勢です。

だからといって姿勢を良くしようということが目的ではありません。

人それぞれに姿勢は異なります。

円背であったり、がに股(自分もです)であったり…


でも
スーパーや街を歩けばそのような方は沢山みますよね。

もちろん腰痛や肩こり、あるいは膝の痛みを抱えている方もいるかもしれません。

多くの方はアライメントに何かしら問題(円背やがに股)があっても、
何不自由なく生活しています。


逆に臨床現場において、
アライメントを修正し、見かけ上のアライメントの変化がみられたとしても
必ずしもパフォーマンスが向上するとは限りません。

時にパフォーマンスが落ちることさえあります。


いわゆる健常と言われる人でも
患者さんや利用者さんでも
同じ姿勢の人はいません。


見かけの姿勢の良さ ≠ パフォーマンス

ではないようです。


では良い姿勢とは、結局なんでしょうか?

自分の考えは、身体各部位が果たすべき役割を果たせること

です。



分かるような、分からないような…感じですよね。

これを当日の講義・実技の中で皆さんに伝えられたらと思っています。



あともう一つ、姿勢をテーマにしようと思った理由が副題にあります。

運動療法の効果を高める

ということです。


何か課題を行う際に、患者さんがどんな姿勢をとっているのか?を

意識しているセラピストの方が意外に多いのでは…?と感じています。

倒れそうなのを、必死にこらえている状況で、
何か課題を行ったとして、

その課題の中から何か学習できるでしょうか?

ただ倒れないように頑張る、ことが課題の目的になってしまう場合もあるのではないでしょうか?

課題の目的に集中するための準備として

姿勢を考える必要もあると思います。

リハ室でのプラットホームやベッド上での
背臥位での運動はともかく、
(でも背臥位でもリラックスして寝られない人も多いですよね)

日常生活での動作は座位、立位、歩行といった
重力下で姿勢を保持しながら
二重課題、時には多重課題を同時に要求されます。

つまり動く上で姿勢の保持ができる、ことが大前提になるんです。


その姿勢というのをもう一度、考えなおすきっかけになればと思っています。


最後に、勘違いして欲しくはないのですが、
姿勢を良くする、ことが悪いと言いたいわけではもちろんありません。


身体の果たすべき役割を果たせるようになった結果、
姿勢は良くなります。

その役割を再獲得しないまま、
見た目だけを良くしても、
患者さんにとって、生活が良くなることにはなっていないんじゃないか?

という問題提起です。



ではではまだ3ヶ月先ですが、

ご興味のある方のご参加をお待ちしております★

ケーススタディから自分の臨床を振り返る

今日はbridge勉強会、ケーススタディでした。

7年目のPTが歩行へのアプローチを中心に動画を交えて評価や介入の考えを出してくれました。

彼は上手くいった臨床場面だけでなく、
上手くいかなかった場面も提示してくれました。


素晴らしいです。

何がって?

皆の前で発表する際に
上手くいかなかった場面を提示できることです。


悩んでいること

上手くいかなかったことを

素直に認め、反省できること。


なかなかできません。


と本人の前で、あまり褒めてあげなかったのでブログで褒めときます(笑)




僕も毎回勉強会で言ってますが、
いつもうまくいくわけではありません。

というかいつも悩んでいます。


もっと何かできるんじゃないか?

何が足りなかったのか?

患者さんの思いよりも、自分の思いを優先させてしまっていないか?



そして、たとえ上手くいっても

それがベストだと思わないこと。

もっと良い介入があるんじゃないか?


そんなことを考えています。




今日、発表した彼も

上手くいかなくて、悩んで終わったわけではなかったですよね。



自分の方針をそこで切り替え、
より良い解釈、方法を探ろうとしていました。


自分の立てた仮説を疑うこと

これが評価の質をさらに高めると思います。



そして自分の身体を持って

自分の身体を知ること。



自分の身体で分からないことをどう伝えられるのでしょうか?


姿勢を保持したり、動かせる、という当たり前の経験の中で
何が起こっているのか?

を感じてみることで


患者さんに身体や運動を感じてもらうためのヒントが見つかるはずです。


昨日ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m



患者さんの声、聞いてますか?応えていますか?

6/14のBridgeの会場です!!

お間違えなく★

そして当日お暇な方はまだ空きがありますので、
ご連絡ください!

場所:刈谷市中央生涯学習センター(刈谷市総合文化センター内)503研修室

9:30 受付開始
10:00 ケーススタディー開始

です。

症例の動画を見ながら、

どこを見るのか?
どんな仮説を立てるのか?
その仮説の根拠は?
その仮説をどう検証するのか?

抽出された問題点に対してどう介入するのか?
介入の効果判定は?

などなどディスカッション、実技を通して
一緒に考えていきましょう★




ということで、今日のテーマです。

患者さんの声、聞いてますか?です。


今日、後輩の臨床場面でこんなやりとりがありました。

P:患者さん T:セラピスト

プラットホーム上で、SLRをやっていました

P「(上げながら)重いなぁ」
 「どうして重いんだろう…」


T「はい、1、2、3…」

P「はぁ…重い」

T「5,6…」

P「なんでこんなに重いんだろう…?」

T「10。はいじゃあ次の運動は…」



という場面に遭遇しました。


違和感を感じますか?

日常の場面ですか?


患者さんの言葉、なんで上手くできないのか?という疑問を無視していました。


そして次は立ち上がりを10回やっていました。


SLRをやることがいけないと言いたいわけではありません。


患者さんからしたらどうでしょうか?


この運動は何でやっているのか?

この運動をやることで下肢が健側の下肢のようになるのか?

なんで今、下肢が重たいのか?



分からないまま、リハビリが行われています。


それとも、それがリハビリなんだという意味付けになっているのかもしれません。


ちゃんと説明がなければ

何に向かっているのかも分かりません。

それでどうモチベーションを上げ、保つことができるんでしょうか?

目的のない運動を、なんで病棟でまで自主トレせないかんと感じるのでしょうか?


それで効果が出なければ、
患者さん自身もそしてセラピストも
患者さんの努力が足りない、とか思ってしまうのでしょうか?


セラピストの一方的な

考えと、
評価と、
運動

を押し付けているだけかもしれません。


リハビリの主役は患者さん自身です。

そして目標は
生活や人生をより良くすること
だと自分は考えています。


セラピストの作った目標が
患者さんのニードや価値観にそぐわなければ
それは押し付けになります。

そして患者さんも
それがリハビリなんだと思い込んでしまう可能性すらあります。


そして患者さん自身が
自分の生活や人生を良くする、ことでなく

リハビリをすること、や
セラピストの出した運動を行うこと、
が目標にすり替わってしまうかもしれません。


何のためにリハビリをやっているのか?
患者さんが何を望んでいるのか?
どうなりたいのか?


ちゃんと聞いて、応えていますか?


自戒を込めて。

管理人の最近のつぶやき

昨日、一昨日とつぶやいたことに多くの方の反応がありまして、ありがとうございます。

ブログでまとめて書いておきます。


***********

どんなに難しい知識や治療理論があろうとも、どんなに情熱があろうとも、

患者さんの求めている、

今、そしてこれからの生活、人生をどうにか良くしたいということ。

その期待に応えられるかどうか、が大切だと思う。



ある姿勢や動作を、どれだけ多くの視点を持って観察できるか。

そしてその解釈をどれだけできるか。

そこから生まれた仮説を検証できるか。

検証から導かれた問題点を解決できるか。


当たり前だけど、ここが基本になると思う。




仮説はあくまで仮説。

検証し、仮説がその方に当てはまっているのかを確認しなければそれは予想であり、空論。



自分は後輩からの質問をできるだけ臨床場面に一緒に介入して考え、実践するようにしている。

口だけで言うのは簡単。なんか難しいことを言えばそれらしく聞こえる。

でも後輩が悩んでいるのは、結局のところ、じゃあ明日からの臨床どうしたらいいの?ということ。


その後輩の悩みに対して、自分なら実際にどうするのか?
それはなんでそうするのか?その時の患者さんの反応はこうだから、もっとこうした方が良いよね。
と患者さんを通じて一緒に見て、感じてもらう。

大切なのは、小難しい理論でなく、その場で患者さんが喜んだり、変化に気づくことを経験できること。



見た目は同じ課題であっても、こちらの環境の設定や声のかけ方で、患者さんにとっての課題の意味は変わる。

説明し倒していれば、それだけで情報処理に患者さんは疲れ、集中できなくなる方もいる。
そんな時のふっと気が抜けた表情や目線の変化などを見逃さず、伝える。


大切なのは、課題をやることではなく、
患者さんにとってその課題がどのような意味を持つか、どのような経験をするかを考え、実践すること。

その難易度がその人にとって、高いのか、低いのかを
患者さんの表情や動き、仕草の変化を自分がどう捉えて課題の難易度を調整しているか、を後輩に伝えること。



分からない、難しい、知らない、やったことない…ってゆうのは簡単。

でも自分の家族がそんなセラピストに担当されたら、嬉しくないですよね?

というか担当変えて欲しいと思いますよね。

できない理由を探すよりは、何ができるかを考えた方がよほど有益だと思う。



プラトーはセラピストが作る。

機能回復はここまでです、と。
生活期の方でも変わる方は変わります。

また機能回復が難しくても、日常生活をもう少し楽に行う方法は提案できるかもしれません。

本人や家族の負担が少しでも減る方法は提案できるかもしれません。


機能の問題はありながらも、今よりも少しでも楽しい人生を送るための提案はできるかもしれません。

視野を広げれば、セラピストの関わりによって変化を生むことはできるはず、と根拠はないけど信じてやっています。


分からない、って言ってても分かるようにならない。

できない、って言っててもできるようにならない。

要は、まずはやってから言えってことですね。

できるまでやれば、できないって言うことはないはず。
という今流行りでない根性論。

**************


多くの方に返信やリツート、お気に入り登録頂き、ありがとうございました。

今後とも、自分の思いややっていること、感じていることをつぶやいていきます。


ケーススタディは人気がないのか?

ケーススタディは人気がないのか?

ということで今週末6/14のBridgeですが、余裕満載です(笑)

ワールドカップも始まってるしね…(笑)


キャンセルもいるので10数名といったとこですかね★

そんな中、集まってくださるありがたい方たちに
精一杯ディスカッションと評価、介入、効果判定について
直接やり取りができるかと思います。

少ない分だけ、密な内容にできそうですね☆

楽しくやりましょう!!

応募くださった方、誠にありがとうございます。

良い時間を過ごせるよう、精一杯頑張ります。

そして、
今週デートの予定がなくなって暇になった方、
まだ受付中ですので、お気軽にご連絡ください(笑)

6月Bridge参加申し込み(←クリック)

問題抽出よりも大切なこと

問題は解決されるためにある

         中山素平



このお言葉がその答えですね。

先日の記事に書いたように、
問題の抽出ができなければ
解決すべき問題が見えてきません。


解決すべき問題が見えないのに、
アプローチはできません。


つまり
問題抽出はアプローチをする前に
絶対必要なんです。


でも問題点を明らかにすることに満足していませんか?

文献や論文、本などから、
目の前の患者さんの現象を説明するために
様々な情報を集めます。

そしてその情報を繋ぎあわせながら
様々な現象を解釈・考察し、
問題点を抽出したとします。


でもその抽出された問題点………


捏造していませんか?


自分の集めた情報を当てはめるために

無理矢理こじつけたりはしていないでしょうか?

自分の持っている知識だけで全て説明できるのでしょうか?


沢山文献を調べて、時間をかけて考えたんだ!

この自分の努力の量と時間があるからこそ、
そこから導き出された問題点は
さぞすごいんだろう。

と自分に酔ってしまいがちです(セラピストあるある)


でも
自分の努力の量 ≠ 問題点の確かさ


であることをいつも胸に留めておかないといけません。

セラピストが評価し考察したことはあくまで仮説にすぎません。

その仮説が、目の前の患者さんに当てはまっているのか?

これを検証しないと、仮説はただの予想でしかありません。


その検証の仕方は…またいずれ記事にします。

というかそれを考えるのもセラピストの役割です。


そして仮説・検証を繰り返しながら
問題点を抽出していきます。


そして話は振り出しに戻ります。

問題点を出すだけでは意味がないんです。



問題点もいくつか出てくるかもしれません。

・機能的な問題点

・日常生活における問題点

・家族背景(介護者がいない、または本人が介護している人がいる、独居など)

・本人の役割(家事は本人がしていた、買い物は本人が車・自転車で行っていたなど)

・環境(家には段差が多い、土間がある、1Fは駐車場で玄関は階段を登って2Fにある、エレベーターのない3Fアパートに住んでいる)

などなど、様々な視点から退院後の生活を送るための問題点が出てきます。


セラピストは、
その問題点を洗い出すことだけが仕事ではありません。

その問題をどうしたら解決できるようになるか?を考え、導くことだと思います。


患者さんに
問題点を熱く語っても、
その問題点は解決しません。

それで解決したら苦労しません。

患者さんもやりたくてもできないから
困っています。

やれない理由を並べるのではなく、

どうしたらできるようになるか?

それを提案し、患者さん自身ができるように導く。



それがセラピストに求められていることではないでしょうか?



最後までお読み頂きありがとうございました★


問題の抽出は大切。でもそれだけではない。

問題に気付くことが大切です。
しかし、それができたからといって、それだけでは何にもなりません。

その問題が起こった原因を分析し、その内容を人々が共有することが重要です。
また、その分析結果をもとに具体的な計画を立てることがさらに重要です。

           カルロス・ゴーン



毎日、ブログを読んでくださている方、ありがとうございます。


今日のテーマは問題点の抽出です。


問題点がなければ、目標が立ちません。

問題とは、

理想ー現状=問題

です。

つまり、自分なりの理想像をもっていないと問題点は見えません。

例えば歩行、を見る時に
自分なりの歩行の理想像をもっていないと

現状を評価した際に
いわゆる正常ではないアライメントや動きを観察できたとします。

(ここで観察できない方は問題に辿り着くことは難しいかもしれません)


若いセラピストの方は、
そのアライメントや動きを
そのまま、
見た目だけ正常に近づけようとします。

ここが間違っていると自分は思います。


観察される姿勢や動きは

その患者・利用者さんの
今の身体状況や感じられること、感じたことに対する意味付けといった
情報処理のプロセスの結果


です。

皆さんは目に見える現象を、

筋力低下や
可動域制限

運動麻痺や
感覚障害

痛み
高次脳機能障害

などなど、様々な評価で解釈をしようとするのではないでしょうか?


上記のいわゆる機能障害の評価をもって
動作を解釈しようとする。


もちろん、大切なことです。

でも患者さんの動作は
機能障害をただ足していったものではありません。

痛みがある方でも、
変形性の関節症で何十年もの間、痛みと共に人生を過ごしてきた方と、
骨折により、いきなり今までで経験してきたことのない痛みがある方では

痛みに対する行動が異なります。

痛みとともに過ごしてきた変形性関節症は人工関節置換術にも
意外に歩行訓練がスムーズにいくことが多い印象です。

もちろん痛みはあるのですが、それでも
「手術の前に比べたら」と歩けてしまう。


逆に今まで痛みなく過ごしてきた方が骨折、そしてその手術後では
足を着くこともできなかったりします。


痛みの程度は違うかもしれません。
それでも骨折の方は炎症反応が落ち着いてきても
なかなか足で踏みしめることが難しい方もいます。

単純に痛みがあるから、といっても
行動には違いが現れます。


そこには痛みをどう解釈しているのか、どう意味づけているのか?

が異なるからです。


だから見た目に現れる、姿勢や動作は

機能障害が直接現れるだけではありません。

その機能障害を、患者さん自身がどう捉えているか?

という、解釈・意味付けのプロセスがあります。


運動麻痺や筋力低下、廃用による体力低下など
検査上の結果は同じでも、
リハビリへの意欲や
座位、立位、歩行などの能力や姿勢保持・動作パターンはそれぞれ異なります。

もちろん機能障害そのものも影響しますが、
会話によって、
本人の意識付けを変えるだけでも変化する場合を多く目にします。

例えば、大腿骨骨幹部骨折や下腿骨折の術後の患者さんでは
端座位姿勢で、患側下肢でしっかりと体重をかけないように、
健側へと上半身を傾けていたり、
人によっては患側のお尻までもが少し浮いたような姿勢の方もいます。

そして腰痛の訴えまで…


そんな方に
「まだ怪我した方に体重かけるの心配ですよね」
「でもお尻は怪我してないので、着いても大丈夫だと思いますよ」

なんて会話をすると、
患者さん自身がお尻をつけてみて
『あっ本当だ、お尻は別に大丈夫だ!』

なんてことに気づけば、途端に座位姿勢は変化します。

そうすると過度に傾けていることでストレスのかかっていた腰も楽になるかもしれません。


腰が痛い、という患者さんの言葉は

患側の下肢をできるだけ刺激したくない…

そんな思いが姿勢に現れた二次的な結果です。

そのような方に腰が痛いと言っているからと
腰をマッサージしても、その場だけは良くなるかもしれません。

でもまた次の日には同じ痛みを訴えてしまっていることでしょう。


患者さんの言葉は大切です。

でもその発言はなぜ生まれてくるのかを
客観的な評価と照らし合わせながら
患者さん自身の目に見えない
心の中(解釈や意味付け)を知ることが
大切だと思います。


問題の抽出能力

単に機能障害を評価するだけではありません。

目に見える(いわゆる異常な)姿勢や動作パターンが
なぜ生じているのかを

機能障害だけで(無理矢理に)結びつけて解釈するのではなく
患者さんのキャラクターや会話における言葉や表情の変化を観察しながら

どのような
内的なプロセス(患者の思いやある知覚経験に対する意味付け)によって
目に見える形で現れているか

を仮説・検証を通じて、明らかにしていける能力だと思います。


上記の問題抽出能力があって始めて
リハビリの目的と今すべきことが見えてきます。


問題抽出はスタートです。

しかしタイトルにもありますが
問題抽出だけでは問題を解決できません。


ではそんな話はまた今度。

まずは問題を抽出できる能力をしっかりと高めましょう★

テクニックを活かすためのテクニック

心は見ることができない

でも、
心の変化は

表情や、身体のわずかな変化として
みることができる。

          Bridge管理人


多くの若いセラピストの方は、
何らかの技術や理論の講習会やセミナーなどに
参加したことがあるのではないでしょうか?


講師の先生の技術を目の当たりにして、

「すげー」「神…」と感じたことのある方も
いらっしゃるのではないでしょうか?


それに憧れ、その研修会などに参加して
学んだ技術。

それを次の日から臨床に活かそうと習った技術で
リハビリを行います。


すると、どうでしょう

同じ結果が現れないことが多いのではないでしょうか?


皆さんの職場内でもよくあるのではないでしょうか。

先輩と同じようなことをやっているのに、
なぜか結果が異なる。


では、結果が出せる人と出せない人

その差は何でしょうか?



その答えは冒頭の文章にあります。


心は見ることができない

でも、
心の変化は

表情や、身体のわずかな変化として
みることができる。


この表情や身体反応の変化を大事にしているか?

だと思います。


いくらアライメントが正常っぽくなったとしても
その姿勢や動きが患者さんにとって
心地良くなければ、
あるいはその変化に気づけなければ、

良くなった、という実感や
できた、という達成感は生まれないと思います。


逆に、実感や達成感、何かを掴んだ、という体験があると
嬉しかったり、喜びや驚きが生まれます。


その心の変化を生むことが大切だと思います。


そしてその心の変化を生むためにどうすればいいのでしょうか?


患者さんの望みを知ることです。
先日のブログでも書きましたね。


テクニックありきではないんです。

患者さんの望みあってのテクニックです。

あなたの知識やテクニックを基準に
患者さんに当てはめるわけではなく、

患者さんの望みを叶えるために
そのための変化の
実感や達成感を生み出すために


あなたの知識やテクニックを
患者さんに合わせて
調整・修正していくことが大切です。


同じような介入をしても
患者さんのニードに合わせ、
説明の仕方やその介入の目標、効果判定を変えるんです。


ただし、こればかりはブログでは上手く伝えられないんです…

会話の流れや患者さんの背景、
その会話の1つ1つの表情や仕草

そんな所を観察しながら
言葉や触れ方、立ち位置、
リハビリの時間の中での課題の数や内容の配分などを調整しています。


大切なのは、

技術ではなく
どのように患者さんの望みを叶えていけるのか?


だと思います。

(もちろん技術はあるに越したことはありませんし、最低限の知識がなければ望みを阻害している問題点に辿り着くこともできないと思います)


セラピストは
動作分析が得意(なはず)です。

その能力を
患者さんの悪いところ、上手くいかないところばかりを見つけるために
使うのではなく、


患者さんの良い所、わずかな表情や身体反応の変化に
気づくことで、
患者さんの望んでいる介入ができるのではないでしょうか?


最後までお読み頂きありがとうございました。


P.S
6/14(土)に開催の
Bridge勉強会(テーマ:片麻痺患者さんの起居・歩行のケーススタディ)の
枠がまだ空いております。

ご参加を考えている方は
こちらをクリック

多くの方のご参加をお待ちしております★

セラピストの言葉の影響力

行動し、進むにつれ、行動を正せ

            マックスウェル・マルツ


勉強会では、何度も伝えていると思います。


セラピストの言葉は、

患者さん・利用者さんの思いや人生、生活に影響します。



セラピストの立場からは、
あまりその重要性を感じていない方もいます。

気楽な気持ちで

「それはダメですよ」とか
「もっとこうしてください」とか

言っている人もいるかもしれません。


でも患者さんや利用者さんからしたら

私たちセラピストは

リハビリの先生

と思っている方が多くいます。


セラピストの言葉は正しいこと

セラピストの言葉は大事なこと

セラピストの言葉は守らないといけないこと


そのように患者さん・利用者さんは捉えてしまうかもしれません。


そのセラピストの言葉、そして介入が
患者さんのニードやウィッシュにつながっていれば

その言葉と介入は
患者さんの実感と喜び、達成感を生むかもしれません。



しかし、
セラピストの思いや関わりと
患者・利用者さんがリハビリに対して求めていることに

ズレがあった場合どうでしょうか?

患者さんは混乱します。
自身の身体で感じる違和感を正しいと言われ、
毎日それを言われていれば
いつしか、その違和感自体が正しいことだと
思い込んでしまうかもしれません。

そのようなリハビリを続けていく先には
何があるのでしょうか?

多分、患者・利用者さんの求めているものとは
違う結果に行き着いてしまうかもしれません。


昨日のブログにも書いたように、

リハビリのスタートは

患者さんの望むべき結果、ゴールは何か?


を知ることから始まります。


セラピストの考える「良いもの」を押し付けることではないと思います。

何気なく言った言葉でも、
患者さんのその先の人生に大きな影響を与えてしまう可能性があります。


だからこそ、いつも勉強会で伝えている

「患者さんの立場に立つ、立とうとする」スタンスが大切になってきます。

あなた自身や、あなたの大切な人がリハビリを必要とした時、

どんな言葉をかけて欲しいですか?

どんなセラピストに担当して欲しいですか?


自分のスタートはここです。

PT・OTにできること(私見)

自分を信頼した者がそこにいるとしたら、
不幸にさせたくないよね

             - 哀川翔


5/30〜6/1と横浜で行われた
PTの全国学術集会に参加してきました。


専門学校時代の仲間
Bridgeを通じて知り合った方々

多くの方とお話をする機会がありました。

10年目となった今、
今までの自分が何に向かってきたのか
これから何に向かっていくのか

自分は何ができるのか

そんなことを振り返り、
また他の人から気づかせて頂くきっかけをたくさん頂きました。


そんな中で、

PT・OTにできることは何なのか?

そんなことを考えてみました。
あくまで私見です。

理学療法士及び作業療法士法では

(定義)
第二条  

この法律で「理学療法」とは、身体に障害のある者に対し、
主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、
及び電気刺激、マッサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう。

この法律で「作業療法」とは、身体又は精神に障害のある者に対し、
主としてその応用的動作能力又は社会的適応能力の回復を図るため、
手芸、工作その他の作業を行なわせることをいう。


とされています。

どうでしょうか?皆様の職場の事情と比較すると…

もっと幅広くなってきている気もしますし、
地域性もあるかと思いますが、
それぞれの職域がオーバーラップしているような気もしています。

OTさんが少ない、であったり
訪問リハではPTだけ、OTだけで行っている、という事情があれば
PTでも応用動作を、OTでも基本動作に対して介入することもあると思います。


もちろん専門性を打ち出すことも大切です。

でも私個人的には

患者さん・利用者さんの望むべく方向に向かうのであれば
理学療法や作業療法、
あるいは様々な治療手技でも理論でも

あくまでツールの1つではないのか?

と思っています。

(ただ、私は作業療法の「作業」とは?という本質を実際には詳しく知りませんので、特にOTの方に失礼な書き方をしているかもしれません。ご容赦ください。)

あくまで私見ですので、

自分が患者さん・利用者さんと関わる際には
セラピストとしてできることは

①機能
②動作
③生活
④人生
(+⑤心)


の大きく5つをより良い方向へ変えるために介入しています。

変える、という言葉には語弊があるので
厳密には

「患者さん・利用者さん自身が変わる・患者さん自身で変える」ための支援をする
という風に考えています。

①〜⑤のどこから介入するか、はそれぞれの患者さん・利用者さんで異なります。

逆にいえばどこから介入しても、リハビリと言えるかもしれません。


勉強会でも、職場の後輩にも伝えていますが、

方法論は問わない

でもその介入によって患者さんは良い方向に向かっているのか?

その介入による変化は患者さんの望んでいるものなのか?


ということは考えてもらうようにしています。


勉強会で何度も話している

Wish - Focus - Design


の概念が非常に大切だと思っています。


Wish:相手は何を望んでいるのか。なぜそれを望んでいるのか

Focus:それを阻害している要素は何なのか。介入により変化が期待できる要素は何なのか。

Design:そのためにどのような介入、効果判定(患者さんが実感できるもの)ができるか。


リハビリって
こちらの持っている方法論や治療法に当てはめることではないですし、
単に評価された機能障害(例えば筋力低下や可動域制限、運動・感覚障害)を良くすることではないと思っています。
何らかの介入をして、検査上の筋力や可動域、感覚が向上したとしても、
それが上記の③:生活が変わらなければ、何のためにリハビリに来ているか分からなくなってしまうかもしれません。

もしかすると、機能障害ばかりにセラピストがこだわりすぎてしまうために、
患者さん自身も筋力をつける、可動域を増やすこと自体が目的にすり替わってしまう人もいるかもしれません。

リハビリをする、こと自体が目的になってしまうのかもしれません。


でもそもそもは、何か病前や受傷前にできていたことができなくなってしまい
どうにかしたい、という思いがある方が多いのではないでしょうか?

何らかの機能の低下により、動作、生活、人生が変わってしまい
それを再度、良い方向へ向かうためにリハビリを受けているのではないかと思います。

そこでの介入は様々な方法があると思います。
上記の
①機能、②動作、③生活、④人生

どこから介入しても良いと思います。

機能からアプローチすることで、機能・動作・生活・人生を変えられるセラピスト
動作からアプローチすることで、機能・動作・生活・人生を変えられるセラピスト
生活からアプローチすることで、機能・動作・生活・人生を変えられるセラピスト
心からアプローチすることで、 機能・動作・生活・人生を変えられるセラピスト

それぞれのセラピストに得意な分野や関わり方は違います。

そこに1つの答えはないと思います。


でも大切なのは、

患者さんのWishが少しでも叶えられているのか?

だと思います。


でも、不幸なことは
機能ばかりにこだわりすぎる
動作ばかりにこだわりすぎる

といった1つの視点にこだわりすぎる、ことです。

機能は変わっても生活は変わらない
動作パターンが変わっても、生活が変わらない

それではいけないと思います。

そのために様々な考えを知り、そのための意見交換や技術をお互いに出しあい、
良いとこどりができる

その中で自分なりの介入
自分なりのリハビリを
考え、実践できるセラピストが増えると良いな


そんな風に自分は今思っていて、
そのために
この勉強会や外部での勉強会、後輩の教育をしてるんだな、
なんて気づいた小松でした。

長々とお付き合い、ありがとうございました。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。