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痛み

脱皮できない蛇は滅びる。
その意見をとりかえていくことを
妨げられた精神も同様だ。
           
     ニーチェ(哲学者)


痛み関連の研究をしていることもあり、
痛みに関する文献を最近読んでます。

痛みは奥が深いですね~


次回の強化勉強会(まだ日程は未定ですが)

痛みに対するアプローチでもやろうかと
思ってます。



臨床的にも良く感じることですが

痛みは実際の機械的なストレスだけじゃなくて
情動や記憶など、認知的なプロセスの
影響を受けまくります。

だからこそプラセボなんてことが
功を奏することがあるんですね。

実際にプラセボだけでも
前頭前野や前帯状回など
痛みの下行性抑制系の賦活が
みられるなんてことも
科学的に示されてきてます。

注意を痛みから反らす
ということでも
十分自覚的な痛みを軽減することも
あります


自分の現在の研究テーマも
この辺ですね。

バイオメカニカルな要素だけじゃなく
注意や自己の体性感覚情報を
上手く利用することで
痛みの軽減と運動パフォーマンスが
改善する
ってことを示したいんです。


臨床的には
何となくそうなんだろうな…

ってことを証明しないと
ただの予想になっちゃいますからね。


神経科学や精神医学の部分では
痛みの抑制や鎮痛に関する
論文はここ数年かなり出てきているんですが

セラピストの臨床では
まだまだ
この辺りを踏まえて
アプローチを展開している
セラピストは
少ないように思います。

もちろんいますけどね。


認知運動療法をやっている方は
このことを考えて展開している
発表もちらほら見ます。



自分の研究でも
痛みの軽減=運動パフォーマンスの改善
という相関関係はありませんでした。


これは何を意味しているのか?


当たり前のように考えられている

痛いから筋発揮ができない!!

ということではないようです。




頑張って英語論文を読んでいたら

痛みの存在自体が
ボディイメージを歪めてしまい
大脳皮質の再構成を起こしてしまう

また痛みがあると
運動プログラム自体が
ある目的の遂行、という課題よりも
痛みからの逃避を優先して
プログラムを
勝手に書き換えてしまう

なんてことも言われています。

だからある程度の
痛みと共存する時間があると

例え実際に生じている痛みが
消失したとしても

学習された運動プログラム自体は
勝手に修正されない


という可能性があるかもしれませんね。


痛みに対するアプローチは
鎮痛はもちろんですが

鎮痛だけでは不十分で

痛みによって崩れてしまった
ボディイメージや
運動プログラムの修正までを
含めて
臨床展開する必要がある

ってことを考える
必要があるんじゃないんでしょうか?


なんてことが自分の研究から
痛みに対して
認識させられたことですかね。

まだ抄録完成してませんが(笑)


たまには真面目な話しをしてみました。
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