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荷重感覚の質問に対する私見

最初から「できない」ことを前提にせず、
「どうしたらできるか」を考えて欲しい。
「不可能」と「困難」はちがうのである。

    西川晃一郎(日本ユニシス社長)




ということで、以前、勉強会をした一宮の病院の参加者の方からご質問を頂きました。

自分なりに思うことを書こうと思います。


<質問>
1.高次脳障害や精神疾患、認知症の方などで、
  患者が自己の荷重感覚に対し、
  注意を向けることが困難な方は
  どのように良い荷重を学習してもらう方が良いのか?

2.荷重には動的・予測的な機能を
  兼ね備えていることが良いとありましたが、
  「予測的」がイメージがしにくく、
  分からなかったです。どんな解釈が良いでしょうか?

3.臥位や座位でも支持面があり、
  左右非対称な関係性や
  代償的な固定傾向のある方を見かけます。
  荷重感覚に関しては、
  肢位によって考え方は変わらないでしょうか?


という3つのご質問を頂きました。
臨床的にはよく悩むところではないでしょうか?



では1つめ、高次脳障害や精神疾患、認知症の方への荷重感覚の認識、学習について。
高次脳、といっても広いですね。失認と失語と失行ではアプローチが違いますし…。
まぁざっくり高次脳、精神疾患、認知症の方を含めて、
荷重感覚を認識するようなアプローチが上手くいかない
患者さんに対してどうするか?を書こうと思います。

まずは何が問題点なのか?いわゆる失認や失行は何がその患者さんの運動を障害しているのか?を評価する必要があると思います。
詳細についてはまた機会があれば書きたいと思います(9月くらいにやるBridgeでは失認の評価と治療について話そうと思っています)が、
左の身体失認から、自己の身体を意識的に感じたりすることが難しい方。このような方は荷重感覚以前に左の身体がある、ことを感じなければ荷重感覚も何もないのかもしれません。
本人にとって存在していない身体を使うことは難しいです。まずはその方の身体失認の現象の中から、何か意識に上りやすい感覚はあるのか?逆に意識せずに動く中で身体は参加するのか?などから運動の改善に結び付く糸口を探します。
身体失認を生じやすい左片麻痺の患者さんは、脳科学的に考えれば言語的な誘導を行ってしまうと、優位半球である左の大脳半球が活動してしまうことで、損傷した右半球の働きが抑制されてしまう可能性(半球間抑制)もあります。言語にこだわりすぎてしまうことで、失認の患者さんはより「分からない」ことをより強く実感してしまうかもしれません。
左右同時に荷重をしたり、動いていく中で左身体に何らかの反応がみられる場合には、言語的には表現できないけれども何かを感じ、反応している可能性があります。勉強会の実技で行ったような荷重感覚を促すアプローチでも左下肢にそんな反応が出現する患者さんもいるはずです。
でも失認の患者さんにとってはそれは荷重感覚を認識する訓練、以前に左身体に気づく訓練である可能性もあります。同じアプローチであっても、患者さんの身体・認知のレベルによって訓練の目的は変わります。

まずはその患者さんの運動に影響を及ぼしている問題はなぜ起こっているのか?
そしてそれはどんな刺激や方法によって変化するのか?

を見つけることが大事だと思います。


認知症の方でも上記のことに気をつけて治療展開します。
多くの場合荷重感覚を獲得する、ということを患者さんの目的にはしませんが…。
ただ頚部骨折後などで痛みの自覚がある方には
下肢の関節適合を介助することで痛みの軽減や下肢の筋発揮の改善がみられる患者さんがいます。
リハの時だけでも良い反応を出しておきたいですし、せっかくなら。
あとはそこで痛みがなかったり、下肢がぐらつかない、という経験は動くことに対するネガティブな反応の軽減にはつながるかと思っています。

認知症の方でも痛みや不安を訴える方はいますし、その辺りは原始的な反応なので痛みや不安を考慮せずに無理やり離床を進めていくと、リハや動くことを拒否されることを若いころに経験したので。
もしかすると大脳辺縁系や脳幹レベルでの原始的な反応は痛み・不安などには反応してしまうかもしれませんね。

ともあれ、高次脳にせよ、認知症の方にせよ、
良い反応がでる刺激や介入方法を探る、
というのが自分のスタイルです。

ただこうゆう方で難しいのは、荷重感覚の認識や獲得そのものが
その患者さんにとって意味のあるものなのか?を考えないといけません。

比較的クリアな中枢・整形疾患患者さんであれば
踏ん張れない、歩けない、動くのが怖い、ということが
ADLを妨げる問題であることも多く、
荷重感覚、上手く荷重を下肢でコントロールする、ことが
直接ADLの向上に結び付くことも多いと思います。

ただ高次脳や認知面の低下が問題であれば
それ以前に何かしら荷重感覚を獲得するのを阻害している因子があるはずで
まず治療対象はその因子になるんだと思っています。



ということでまとまってないけど次いきます(笑)

2.荷重には動的・予測的な機能を
  兼ね備えていることが良いとありましたが、
  「予測的」がイメージがしにくく、
  分からなかったです。どんな解釈が良いでしょうか?


ですね。予測的、難しいしイメージしにくいですよね。
だって自分たちも実感しないですから。予測しているなんて。

でも僕らは動く度に当たり前のように上手いこと下肢で荷重を支えます。
荷重をかけた際に度々ぐらつく…なんてことはないですよね。

大雑把に考えると荷重がかかる直前に
脳からの命令で荷重を支えるための筋活動が起き、
荷重が実際にかかる頃には支える準備ができている、ことになります。

だから動く、動的な制御が可能となっている。のだと考えています。

動的に上手いこと動ける=予測的に動く・支えるための準備が整っている、とも考えられます。

じゃあなぜ自分たちは予測できるのか?

良い荷重感覚を知っているからなんですね。
頭ではなく、身体の感覚で。

ぐらっとしない
重さをぐっと支える、受け止める

なんて感じで。

でもその経験があってこその予測だと思います。
良い経験、良い感じ、が基準となって、その感覚を生み出すために
筋活動は調整されている、というのがうちの持論です。

そうでなければ
例えばステップ訓練なんかで
足の向きが微妙に変われば参加する筋の活動や割合は
その都度違うはずなのに
それでも上手いこと
ぐらっとせず、ぐっと支える
という意識経験が起こるのはおかしいと感じるからです。

筋活動により荷重に対して関節適合を作るように応答はするんだけれども
感じるのは筋活動ではなく
関節適合ができ、ぐらっとしない、ことぐらいしか
意識には上らなかったりします。

力を入れる、のではなく
ぐらっとしないように
力が予測的に制御されている
と言ったらいいでしょうか。


つまり予測とは、それ以前に良い経験があってこそ
予測ができるものだと思っています。

運動イメージは有効だ、イメージ=予測といったご意見もありますが、
それは記憶として良い経験をしていてこそ
イメージできるものだと思います。

経験したことのないことは
予測やイメージが難しいです。

バク転ができない自分は
バク転のイメージが上手くできません。

他人がやっているのを見ているような
視覚的イメージは可能でも
自分が実際にやっているような
体性感覚的イメージは困難です。

荷重感覚での実技で自分達が感じたような感触、を
患者さんにも感じてもらえることが
良い経験になるといいかと思います。

じゃあ一回できたらすぐに予測できるか?
は患者さんの能力やこちらの技術によっても
変わるかもしれません。

自分は治療の中では速度や参加する関節の数などで課題のレベルを調整します。
まずはフィードバックを使いながらゆっくりでいいから
良い荷重を感じてもらう、それを繰り返しても上手くできるようになれば
徐々に患者さん自身に速度を速くしてもらいます。
セラピストが他動的に動かすのは予測をしにくいですからね。
患者さん自身が自分でできそうだ、と思う範囲で
徐々に早くしてもらった方が、
患者さんの運動ー感覚との相互関係の構築、
には効果的だと思います。

あとは下肢をコントロールする関節の数ですね。いきなり股・膝・足を全部制御してもらうのではなく、
膝とか下腿のぐらつきを感じやすい方には股関節や足関節の関節適合や重心制御はこちらで介助する。

これも1、の質問の返答と一緒で、患者さんが上手くいくレベルを見つける、ということです。



では長くなったので次。

3.臥位や座位でも支持面があり、
  左右非対称な関係性や
  代償的な固定傾向のある方を見かけます。
  荷重感覚に関しては、
  肢位によって考え方は変わらないでしょうか?


ということですが、臥位と坐位では自分の考えは異なります。

坐位、に関しては勉強会でお話したような
関節適合、重心制御が当てはまると思います。

ある考え方では坐位で重要なのは坐骨だ!と言います。
もちろん大事だと思いますけど(バイオメカの視点では)
意外に自分達って坐骨で支持しているか?というと
してないんですね。
脊柱~骨盤の制御、インナーマッスルによる体幹の姿勢制御という視点からみれば
坐骨での支持は前後方向にある意味不安定であり、
腹横筋や腹斜筋、多裂筋などインナーマッスルの持続的な調整により
姿勢を動的に制御する、ことは大切だと思います。

がこれでは立ち上がりができないんです(笑)

坐位バランス、を考える時には
坐骨をはじめとしたいわゆる臀部と足底での
体重の移動、が上手くできるか?が大事だと思っています。
細かい説明はしませんが。

立ち上がりの時に体幹を前傾しろ!と言いますが、立ち上がりで大事なのは上半身の基盤となる骨盤の重みを骨頭を開して大腿骨で受け、その力を下腿から足底に伝え、その荷重を各下肢の関節面で受け止めながらもさらに下肢の伸展活動によって上半身の重さを抗重力方向に持ち上げていく、というのがむしろ必要な反応です。
それができれば体幹を無理に前傾せずとも自分たちは立てます。

立ち上がりが困難な患者さんは体幹の前傾が足りない訳ではなく、体幹を前軽した時に足底を支持面として下肢全体で身体の重さを受け止め、持ちあげることができないのだと思います。

この辺りはまた実技などで伝えないと分かりにくいかもしれませんので
また機会があればやりましょう★


では臥位ですが、
単純に臥位をとる、という状態では関節間の体重の伝達は必要とせず、
むしろ上腕や前腕、大腿、下腿などのいわゆるそれぞれの体節の重さを
支持面に預けられるか?が大切ですよね。

クラインフォーゲルバッハの
パーキングファンクションのような。
知らない人は調べてみて下さい。

自己身体と接触面からの表在覚、との相互関係が臥位姿勢には必要だと思います。
表在覚の低下があり自己身体を上手く感じられなければ過剰努力により押し付けを強め、圧覚を認識しようとするかもしれませんし、分かりやすい非麻痺側に頼った結果非対称性が生まれるのかもしれません。

評価は姿勢の非対称性を見ることが大事なのではなく、
なぜ非対称性な姿勢をとってしまうんだろう?
この患者さんは何をどう感じているんだろう?といった視点があると
その辺りの原因が見えてくるかもしれません。


長くなりました!

もちろんこれが答えではありません。
今思ったことを書いた私見です。
実際に患者さんをみれば違う考えで治療するかもしれませんし、
明日にはこの意見を変わっているかもしれません。

また読んだ方でご意見やご質問など頂けますとありがたいです★
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