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最近のつぶやき

感謝するに値するものがないのではない。
感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。

中村天風(天風会創設者)


みなさん、ツイッターやfacebookははじめめましたか?

まだ始めていない方のために
そして自分の振り返りのために

最近のつぶやきをまとめて書き込んどきます★



★片麻痺と代償、運動学習

・片麻痺と姿勢制御:発症直後は意識的、努力的な姿勢制御にならざるを得ない。これまで意識下で支えていた手がかりを頼りにできなくなるから。そこで視覚的であったり、非麻痺側を利用して分かるところを手がかりに姿勢制御や運動を遂行しようとする。

・でもそれはあくまで残存機能の代償。それでも動作の自立は獲得できるかもしれない。麻痺側身体を手がかりにできるようになることが麻痺側の改善の前提ではないか。



・片麻痺の急性期患者さんに姿勢の対称性を目指す意味はどれだけあるのか?左右の身体の感じ方が全く違うのに姿勢だけ真っ直ぐ?何を基準に真っ直ぐを認識するのか?分からないからセラピストに言われるがまま、真っ直ぐと言われるところを作る。動くところだけで。

・もちろん急性期患者も体幹機能は低下する。でもそれは身体の左右が崩れてることが多く影響している。だから体幹筋を鍛えただけじゃ、四肢の麻痺は改善しないことが多い。評価しやすい部分だけで解釈しようとすると患者さんの求めている改善からは遠く離れることがある。

・非麻痺側での姿勢制御戦略。ADLの早期獲得を目指す場合には有効かもしれない。でもそれが麻痺の改善を促すわけではないことを心に留めておかないといけない。また非麻痺側での制御は麻痺側への注意を阻害する。



・片麻痺患者の方に異常なパターンが学習されるからと病棟歩行は導入せずに車椅子自立に。車椅子でも異常なパターンは学習されるでしょ。しかも麻痺側下肢の荷重参加の機会も失われる。異常なパターンの出現だけでは歩行を勧めない理由にはならない気がする。

・ADLや見た目の動きにこだわりすぎると患者さんの思いや希望をつぶしかねない。じゃあ車椅子自立の次に何ができたら病棟歩行の導入をするのか?そのために患者さん自身が学習すべき課題は何なのか?セラピスト、患者さんともに明確に展望を見ていないといけないし、それを自分たちが呈示すべき。



・今日代わりに担当した回復期の患者さん。家族の人が勝手に立ち上がりや歩行練習をしてるんだけど麻痺側の足先が引っ掛かったまま進もうとして危ないと。だから家族に説明してやらないように言っています、と申し送り。

・多分その家族の方は良かれと思ってやっている。少しでも頑張った方が良くなるんだと思っている。足先が引っ掛かるのは練習が足りないからだと思っている。だから危ないからダメ、と言っても退院したらやるかもしれない。

・もちろんリスク管理は大事だけどダメ、と言っても家族の人は早く治したい一心での行動。ただダメと言ってもそれは解決策にはならない。じゃあどうしたら良くなるか、何が大切なことなのか。引っ掛かる原因はこうだから、こうすることが引っ掛からずに歩くために必要なことですよ。と代わりの案を呈示しなければいけない。そしてそれが患者さん本人、家族ともに見て分かる結果として実感できないといけない。良くなる、ことはがむしゃらな努力ではなく、コツが必要なことをちゃんと口だけでなく、結果を出さないといけない。



★評価と治療

・仮説のないアプローチは自分のアプローチの効果判定をしない、ということ。それは治療的アプローチと呼べるのか?

・患者さんの問題点は個々の動作における異常じゃない。ある問題点が動作に応じて異常な動きとして目に見えるだけ。問題点にアプローチせず、動作を変えようとするために代償が生まれる。

・背臥位、端座位、立位で課題が違えば患者さんは混乱する。上手く身体を動かせない理由は同じはず、その問題点を見つけることで訓練に一貫性が生まれ、患者さんの見据えるゴールも明確になる。だから意欲も集中力も上がる。評価が曖昧であれば患者さん自身が目指すゴールも曖昧になる。

・治療は臥位から始める必要はない。問題点の改善に導きやすい肢位から始めるべき。

・教えてもらう姿勢でいるセラピストと他人に教える・自分の考えをoutputする姿勢でいる人は、どんどん差がついてくる。教えてもらう姿勢でいれば、自分の力で患者さんの問題点を見つけたり、その瞬間瞬間の変化が何を意味しているのか臨機応変に思考を巡らせることができないまま。

・教えてもらうことを理解するのは知識さえあればできる。肩甲骨のアライメントがこう変わるんだよ、と。でもじゃあなぜ肩甲骨を見る必要があるのか?どんな変化を良い悪いと判断する基準を自分で持っていなければ効果判定はできない。

・やはり仮説検証能力は地道な毎日の思考の繰り返ししかない。教えてもらったり勉強会して知識や見方を学ぶことは大切。そしてそれを毎日の目の前の患者さんの変化し続ける状況を常に感じ取りながら、自分で解釈し次のアプローチにつなげていくことしかない。

・片麻痺患者さんの運動学習。各課題ごとに何が目的で、どうなれば良いのか、悪いのかを明確にすること。急に変ってしまった身体からどんな情報に注意を向けたり、感じることが重要なのか?それを提示するのがセラピスト、実感するのが患者さん。



まぁ色々つぶやいてますね。
たまにこうやってまとめると自分の普段考えてることを振り返ることができて良い感じです。


昨日もボスの所で勉強会に参加してきました。
参加者として勉強会に出るのは久しぶりでしたし、いつもは経験できないシンポジストクラスとの実技は非常に楽しかったです。
やはり、触れたり、声掛けの仕方が上手です。

無駄な情報や刺激を入れないような介入の仕方を当たり前にします。

やるだけでなく、やはり自分がやられる中でも多くの発見がありますね★


でも最終的には自分がアプローチする側に回らないといけないです。セラピストですから。

さぁて、
そろそろ10月のシンポジウムの配布資料がシンポジストの方々から徐々に届くはずです(笑)

全員分揃ったら、印刷業者にお願いせねば!!!



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