スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

下肢装具の理想と現実 part2

さてさて管理人です。

ご質問頂いたセラピストのSさんから
速いお返事を頂きました。

前回の記事(クリックするとご覧になれます)はこちらです。

ということで再度頂いたご質問に対する自分の私見を書いていきますね。


あえてブログで書くのは
Sさんのダメ出しを公開でしよう…なんて嫌がらせではありません。もちろん。

多分、臨床で多く悩むのは
教科書には載っていない現実の患者さんと向き合ってこそ生まれてくると思います。


講義や勉強会なんかで話すのは、
多くの患者さんにあてはまるような
いわゆる一般的なこと
が多いように思います。


でも臨床での患者さんは
一人ひとりがそれぞれの人生を過ごしてきて
それぞれの個性があります。

それは患者さんを通してでしか得られない経験だと思います。

自分たちセラピストは
そのような患者さん一人ひとりの個性に合わせて
関わり方を考えていく姿勢が大切だと思います。

そうゆうことを読んでくださっている方には
一緒に感じ、考えて欲しいという目的があって
記事に書くことにしました。



では実際にSさんから頂いたメールの内容は青字
自分の私見は黒字で書いていきます。

以下はメールの内容です。

先生のおっしゃる通り、末梢の固定が強い症例です。
また、荷重に対する予測も立てられていない状態だと思います。

末梢の固定が強い状態は静的立位でも現れており、立位時の腓腹筋・後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋の緊張が高い状態です。
さらに右麻痺の症例ですが、健側である左下肢の足関節底屈筋の緊張も過度に高いように感じています(あくまで自分の主観的評価であり、症例本人は「左は力が入りすぎていることはない(「右も力は入っていない」と言います)」。と言いますが・・・)。
確かに足底の圧覚・触覚、足関節や足趾のいわゆる深部感覚は健側(左)に比べると軽度鈍麻しています。検査結果でエラーがでますが、本人に左右差を聞くと「左右変わらない」と答えます


***管理人の私見***

荷重に対する予測が立っていない、普通に立つ、ことがどうゆうことかよく分からない…ことが立つことの異常性を生み出す原因ではあると思います。

またこれは皆さんそれぞれで考えて頂きたいのですが、じゃあ荷重を上手く行うためには、どのようなことを予測しないといけないのか?

ご興味があれば過去の記事をお読み下さい★
荷重感覚について
荷重感覚の質問に対する私見

健側にも底屈筋の過緊張もあるようですが、患者さんはそれをあまり感じていないようですね。さらには左右差も感じないと言われています。

ここにはいくつかの可能性がありますね。

このパターンで日常を過ごしてきたため、緊張が高い状況を「普通」と感じる。肩こり持ちの人も多分同じような状況だと思います。

非麻痺側は正常な機能であるとも言えません。

元々は左右が大体同じ感覚、知覚経験をしていた下肢が急に左右の差が生まれる。
同じように出力しているつもりでも左右の筋緊張には左右差が生じてしまい、身体のまっすぐも以前とは違った感じ方をする。
同じように動かしているつもりなのに、身体が傾く。どこをどうしたら上手くできるかも分からない。
そんな混乱した中で、何とか転ばないように、さらにはセラピストの(現在できること、わかるレベルを越えた)課題の要求に、応えようとした結果なのかもしれません。



左右差を感じない、という訴えにも色々な仮説が立てられますね。立位の場面においては姿勢が不安定であれば、残存している非麻痺側を頼りに制御している。そのために麻痺側のことが気にならない(なりにくい)こともあるかもしれません。これを検証するには姿勢の違いでの感覚の違いを聞いてもいいかもしれませんね。
または注意が向けにくいのではなく、何に対して注意を向けるべきかが分かっていない可能性もあります。何に対して向けるか分からなければ注意は向けようもありません。どの場合は非麻痺側で一度何に注意するか明確にした上で(患者さんも理解した上で)、麻痺側で感じてみる、という方法で検証できるかもしれません。



******


また、注意障害により二重課題など複数のモノ・コトに対して同時に注意を向けることができず、立位や歩行の状況の中で足底の接触以外のコトに対しての注意が向きにくいため、
立位や歩行時は足底の接触からの情報がこの症例の姿勢制御の命綱のような状態になっていることが過度な接触・固定を作り出しているのだと考えています。健側の底屈筋の過度な緊張も立位・歩行時の症例なりの精一杯の姿勢制御なのだと考えています。そして先生がおっしゃるように、過度に固定することが荷重に応える結果なのだと思います。
つま先立ちも可能であり足関節底屈筋力から考えると、出力をそこまで高めなくても姿勢保持は可能だと考えていますが、実際の症例の立位は過度な接触・固定が発生しています。
荷重に対する予測に関しては、立位・歩行の状況では注意障害により“今現在の自分の姿勢制御”以外への注意を向けられないことが原因だと考えています。
注意機能に対してはSTに失語治療と平行して机上にてアプローチ・評価してもらっていますが、大きな改善は認められていない状況です。


******

「足底の接触からの情報がこの症例の姿勢制御の命綱のような状態」

「立位・歩行の状況では注意障害により“今現在の自分の姿勢制御”以外への注意を向けられない」


この2つの状態がこの方には特徴的ですね。

足底の接触、これは健常者も同様、必要な情報ですね。足底が着いていか分からなければ体重をかける場所すら失います。ただ自分たちは過度に押し付けることはしません。多分それは足底だけで荷重を認識しているわけではないからだと思います。

大雑把に書くと上半身の重さを骨盤・大腿・下腿・足底へと流す、という感じなんですが(すいません、実技を通してでしか上手く伝えられませんが…)
足底屈筋の力で接触圧を増やすのではなく、あくまで足底は伝えられた重さを圧として感じるセンサー的な役割と床面の形状に応じて足部の形を変化させながらも、下腿へとつながる距骨の位置制御をして下腿が載るべき距腿関節部の受け皿を安定させる役割があると勝手に思っています。だからこそ、あれだけ足部は足根骨のような複雑で筋の制御よりも構造的に変化しやすく、かつ靭帯構造とアーチを成す腱膜により、過度の崩れがないような動きの制限をも担っているのだと思っています。


若干話しは反れましたが、足底の接触が命綱になっている、ということは足底の接触以外にどうしたらバランスがとれるか分からないから、足底の接触に頼らざるを得ない状況にあるのかもしれません。

自分たちの身体で荷重や支持を感じるのは足底の接触だけでしょうか?他の部分でも感じるはずです。まずは自分の身体で分かるところを見つけることが大切だと思います。


あともう一点、
立位・歩行での注意障害…

よく見かけます。がこれは注意障害なのでしょうか?上にいくつか書いてありますが、姿勢を効率的に保持できる方法が分からないために、姿勢保持に対して多くの注意を払わなければならないために、他の情報に注意を向けられないのかもしれません。検証としては端坐位では他の情報に注意が向きやすいのか?を見てみてもいいかもしれません。
端坐位では注意を他へ向ける余裕があるのであれば、立位・歩行で役割の増える下肢が上手く使えないことが主要な問題になるのかもしれません。


******



背屈運動に関しては、臥位・坐位では十分に背屈できます。立位になると、過度な底屈筋の緊張により背屈できません。

さらに左(健側)片脚立位時、すなわち立位での右(麻痺側)下肢挙上時にも底屈筋の緊張は高いままで足関節をブラブラすることはできません。
坐位での右下肢挙上時も足関節はブラブラできなかったように思います。
これは下肢屈曲の分離が不十分なこと、股関節屈曲に対して腸腰筋の収縮が悪いことにより放散反応として末梢に緊張を及ぼしているものと考えます。
臥位・坐位での分離運動を促していますが、最近停滞気味です。



******

この辺りを読んでいると、この患者さんは出力に関しては不十分だけどもある。分離運動も可能。しかし立位になると…ということはこの患者さんは、荷重に対して、足を底屈して下肢全体を固める、ことで支えられる足、という認識になっているのかもしれません。

あとは下肢の挙上の時の記載からも、末梢の筋緊張の感覚と足底の表在穫覚を頼りにしていることが伺えます。



眠くなってきたので本日はここまで★
関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。