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管理人の1月のつぶやき まとめ

あっという間に今年も1ヶ月が過ぎました…

次のBridgeまであと60日…まずい(笑)

ということで1月の自分のツイートをまとめてみます。


以下ツイート…………


【運動学習】

運動学習。持ちうる能力をさらに高次で効率よくパフォーマンスを向上するようなイメージ。
でも患者さんの多くは障害部位は参加できない、またはしにくい状況にある。
そのままでADLの獲得を目指せば残存部位での効率化と障害部位の不使用がパターン化される。


障害部位が参加するための気づきやきっかけを作らないといけない。潜在能力がある方には。
その見極めもセラピスト次第だと思う。
運動機能回復の可能性を考えないといけない。

逆に完全脊損など運動機能回復が難しい方には代償的な方法を早期から提示することも考えないといけない。


自分が若い頃は運動機能回復と運動学習がごっちゃになっていた気もする。
大きく捉えれば一緒の部分もあると思うけど。

単純に繰り返していれば動かない部分が動くようになったり他動で正しい運動をやってもそこに患者さんの意識がどう関わるかで変化は違う。

ただやられているだけでは変化はしない。



患者さんの動作や行為が変わるためには患者さん自身が変わらないといけない。
セラピストが変えているのでなく、変わるためのきっかけを作っているだけ。

変わるためにはそこに目的や意味などその人独自の価値観が入る。
セラピストの価値観を押し付けるのでなく、どう相手の価値観を活かすかを考える。



ただ昨日より随意運動が良くなっただけでは生活は変わらない。
ただ昨日より感覚が良くなっただけでは生活は変わらない。
その変化をどう生活に活かすのか、まで自分たちは関わらないといけない。


患者さんが学習できたかどうか、自分の判断基準は「一人で再現可能かどうか」。
再現できないということは患者さんはそのための手がかりを掴めていないということ。
リハ時間内に再現できないことがリハ後に反映するわけがない。


動作をいくら繰り返しても、患者さん自身が何を気をつけたらできるのか分からないままやっていれば学習しようがない。
分からないまま必死にやったとしても、それは違う、とセラピストに言われる…。
その何に気をつけるか、を気づかせるための手伝いをセラピストはするべきでは。


気づいた上で、繰り返す。
その中でも毎回うまく行くとは限らない。
その中でまた新たな気づきが生まれる。こうしたらもっとうまく行く!と。

そうなる間に最初の気づきは自然と定着していたりする。その気づくきっかけやポイントを課題の中で作れる、といいな。

そしてその掴んだコツを病棟に活かしていく。
実際にトイレに一緒に入って、ほら練習したことがトイレでズボン履くときにも役立つでしょ!と一緒に確認する。
時には家族や看護師さんに見てもらう。そして周りがすごい!という驚きがまた本人の喜びや意欲につながる、と信じてます。

そうすることで家族は退院後トイレで何を気をつけたらいいかも分かるし、転ばないためのポイントや手伝うべきところ、時間がかかってもやってもらうべきところを理解できる。
看護師さんも病棟でのトイレ介助のポイントを知ることができる。

リハなんてほんの数十分〜1時間。どう生活につなげるか。

だから家族にはあえて危ない場面も見せる。
片麻痺でお風呂で装具なしで歩いた場合、麻痺側への横歩きは足が背屈せず足先がひっかかってつまづいたり、捻挫する危険もありますよと。
そしてそう言った時には…という対応策も見せる。

退院後やれることはもちろん自分でやってもらうたいが、何でも頑張ればいい訳ではない。
そのリスクも患者さん本人、そして家族も知らないといけない。
今は何を頑張るべきか、いま難しいのは何が原因でそのために今はこうゆうリハをしていますと先を見据えた目的や意味を伝えるようにしている。



機能回復はセラピストが引き起こせるのか?
自然回復や残存しながらも使われない、使われにくくなったネットワークを賦活するきっかけくらいだと思ってる。
大切なのはその残存、潜在能力をしっかりと評価し、引き出すこと。

そしてそれをリハ時間の一時的な変化で終わらせないこと。


研修などは○○脊髄路を賦活させる!といった話を聞くが、それを臨床でオンラインで確認できる訳ではないし、もし活動していたとしても、脳卒中となり、全体のネットワークの役割が変わってしまった場合、単純に健常者と同じ経路を賦活したとしてそれが改善か代償かも自分には分からない。



【1.26Bridge勉強会を終えて】


昨日の勉強会に参加した後輩の臨床が変わってる。
見た目の変化だけでなく、その時の患者さん自身が感じることを気にかけて評価、アプローチしている。

そして今までなかった変化に患者さんと一緒に驚き、喜んでいる。
上手くいかなくてもじゃあ何がいけなかったのか考えている。


上手く行く事で新しい視点を取り込むための自信がつく。
また上手く行かないことでそれだけでは足りないことにも気づく。
それが臨床だと思うし、新しい視点が入ることで今までの視点もさらにバージョンアップする。
その繰り返しでしか成長しないと思う。


Bridge2日後、今日も後輩は患者さんの声や反応を注意深く見ながら臨床している。
そして先週なかった患者さんの変化を出している。

視点が増えることの大切さ、視点が変わることの大切さ、
そしてそれをすぐ行動に移せる後輩の行動力に感動。


そして自分もまたそれぞれの患者さんの内面世界をさらに意識して関われるようになった。
二人の講師の関わりから刺激を受けて。
まだまだやれることはあるはず、昨日までの自分の評価・アプローチに満足せず。


10年前の右麻痺で今回は左の軽度麻痺で入院されている方。
動きの問題はいわゆる連合反応に支配された右身体。

右の踵はない、分からないと言われた方。試行錯誤しながら踵が分かった瞬間、その後の立位が変わった。
左手で手すりを引き込み、右の足底は床から浮き、いわゆる内反尖足が出現していた

しかし踵が床に着いていることが分かった後は足底が着き、いつも出ていた右上肢屈筋の連合反応(肩外転90度程度)が全く出現しない。
それどころか立位で右上肢を自分で動かしている。

「あら、楽にできた」という患者さんの言葉と笑顔「あんた(管理人)すげーなぁ」と。

「いえいえ、僕は踵もぞもぞしてただけです」と。

10年間、ただ力を入れるということだけが頼りだった患者さん。
右なんて動かず、感じないものとしていたのかもしれない。
リハ後のベッドに移る時、その後トイレに行く時にも気をつけてくれていた。そして上手くできていた。

「じゃあ僕は明日休みなので明後日も忘れてないかチェックしに行きますからねー」

そして忘れないようにとベッドサイドで座っている時や車椅子上でそれを確認・再現する方法を本人に伝えた。
しかもこの人は自分の担当ではない人。その結果は患者さんの言葉と動きで担当に伝えてもらえばいい。



身体が変化する喜び。
何かができるようになる喜び。
それを見た家族や病棟スタッフの笑顔を見る喜び。

リハビリでそうゆう時間を作れるようになるとリハビリを待つのが楽しみになる。
その喜びをもう一度味わいたいと思えればあえて自主トレなんて提示しなくても患者さんが一人でやり出す。


昨日の右片麻痺の患者さんはまさにそうだった。
リハビリが終わって部屋に送っても、もう一回立つから見てて!と計5回は見せられた(笑)
でもそんな姿を見るのが自分たちの喜び。


その患者さんは
「あんたは良いわ。分かるように言ってくれるから」
「他の人(もちろん全員ではない)も頑張って色々言ってくれるんだけど意味が分からんことが多い。もちろんそうは相手に言えないけど」…

自分も若い頃そうだったと思う。今でもまだ上手く伝えられないことも多いけど。


リハ前は「こっち(右身体)は使えんよ。10年前からだから」と言っていた。

それが変わった瞬間笑顔に

受容した訳ではない。
どうにもならなかったから諦めていたのかもしれないし、
毎日の生活に必死でそんなことを考えたり、感じたりする余裕もなかったのかもしれない。
10年経ってもやはり希望はあったんだろう。


*********

勉強会を通じて、その後の後輩の変化が見られるのは本当に嬉しいことです。
向こうから変化をわざわざ教えてくれに来たり、
そしてさらに次の問題や課題を考え、患者さんの変化を評価しながら悩んでいる。

自分は少しでも自分が思うことを伝えたり、一緒に考えたりすること。
時間を作って一緒に臨床に入ること。

後輩の担当の患者さんに入った時に
臨床場面をビデオに撮ってフィードバックすること。


自分はやはり臨床が好きです。
そして臨床に求められるのは結果、
こちらがいくら努力したと言っても
結果が出なければやはりいけない。

それを求めて患者さんはリハビリを受けているはず。

来年度の毎月Bridgeは

before-afterでの明確な変化とその提示


を大切にしていこうと思います。

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