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3月Bridgeご参加の方へ+最近のツイート

今月の勉強会に参加の方、

参加費は当日支払いになりますので
受付にてお支払い下さい。

なお1週間程度前になりましたら
配布資料を皆様にメールにて配布します。

携帯のメールで登録された方は
配布資料のデータが送れませんので、
再度
パソコンのメールを管理人までご連絡下さい!




ということで最近のツイートをまとめたいと思います。


以下ツイート*******

【股関節】

股関節の役割は自重を骨盤より大腿、下腿、足部へと伝達し床へと無駄なく流すこと。
上手く関節面へと力を伝えることで過剰努力なく荷重を支持することが可能となる。

また、力の伝達は逆方向、つまり床から下肢、骨盤方向へも存在する。いわゆる床反力。

下肢の筋活動により発生する床反力を大腿骨頭から骨盤へ伝えることで上半身の重心移動を生む。これが推進力であり歩行の立脚や歩行時の方向転換を可能にする。


歩行中の方向転換や立位での家事動作の上半身の捻りは支持脚上での骨盤の軸回旋が起こっている。
そして多くの股関節に問題を抱えた患者さんはこの軸回旋が行われない、というかまず支持脚として参加すること自体が難しい。


支持脚としての参加。そのためには下肢の筋活動が床を押し付ける力であることを認識する必要がある。
ただ筋力だけをつけても足部が捻れたり、膝が内外側に流れる方向に力を入れていればその力は足部、下腿、大腿を安定する働きにはなり得ない。


力を入れることが大事なのではなく、入れた力により大腿、下腿がブレることなくその力が足底がしっかりと着くために働くことが大事。
そしてその力の強弱と足底圧の増減の正の相関関係を感じ取ることが大事だと思う。


多くの患者さんが下肢がしっかりとしない場合力がないからだと思い込む。
それは力を入れる出力の割に上手く足底圧が生まれず入力が少ないという入出力のズレが生み出している認識かもしれない。

でも患者さんは1人ではそれに気付かない、気づけない…だからどんどん努力する。



【在宅】

今日は法人全体での看護、介護スタッフ向けに移乗の勉強会の講師の機会を頂いた。
ショートステイやグループホーム、訪問介護のスタッフが中心に参加された。

まず感じたことは病院よりも在宅に関わるスタッフの焦りだ。


実際の患者さんについてどうしたら移乗できるか?
どうしたら介護スタッフ1人でできるか?
もしくは高齢の配偶者と二人でできるか?という焦り。

焦りというより緊迫感。

病院では1人で移乗できなければ他のスタッフを呼んで手伝ってもらえば済む。
でも家には利用者と同年代の配偶者のみ。


そして病院では介助が大変ならじゃあまた車椅子乗るために立つ練習や移る練習をして退院までにできるようになりましょう、で済む。

でも在宅ではポータブルトイレに移ったはいいが、戻れない。
じゃあ明日頑張ってベッドに戻りましょう!とはならない。

その場で解決しなければいけない。


そしてそこでヘルパーさんと配偶者の二人介助で何とかベッドに戻したらそれで解決な訳でもない。

ヘルパーが帰ってもまたトイレにはいかないといけない。

じゃあ次の訪問までに方法考えときます、なんてこともできない。
どうしたら高齢の配偶者と本人でできるかを提案し可能か確認しないとダメ。


病院では問題を後回しにできてしまう。
在宅ではそんなことはできない。その場で解決しなければいけない。

それこその緊迫感だと思う。
そして在宅では理想論は通用しない。
病院では患者さんの動きやすいようスペースが工夫されている。

在宅は多くの場合介護が必要になることを想定していない。
入り口やテレビの位置ベッドの電源のためのコンセントの位置などの環境。
仏間がこっちだから足を向けられないからベッドはこっち向きに…
という文化的背景などなどもろもろの制限がある。

リフトが必要でも限度額が…といったことも多々ある。


その中でも何らかの解決方法が求められる。

できなければ在宅でみることができなくなるかもしれない。


講義ではそんな時にどうするのか?を実際に提示しスタッフの人に実現可能か確認しながら数名の利用者さんの移乗やベッド上、車椅子内での身体移動の方法を提示した。
30代前半、180cm、中高と柔道をやっていた自分ができる方法をただ提示しても意味がない。


150cmくらいで40代の女性ができないといけない。

身体の使い方や環境の使い方、その時の利用者さんが感じるであろうこと、などをできるだけ分かるように伝え実践した。

実際に解決するのはそのスタッフの皆さんだ。
だからその方達が可能な案を提示した。


でもこれは回復期のスタッフこそ考えないといけないこと。
3人がかりで車椅子に乗せていた現実をすっとばして車椅子座位を入院中進めてました、だから在宅でも離床を進めて下さい、なんて在宅に申し送っても何も生まれない。

それこそ生活につながらない。


自分たちは筋力増強士や関節可動域拡大士で終わってはいけない。

在宅生活向上アドバイザーとならなければいけない。あくまでアドバイザー。

主役は患者・利用者さんとそれを取り巻く家族。助演は在宅で関わるケアマネや訪問のスタッフだと思う。



【鏡を用いたアプローチの再考】

片麻痺、整形に関わらず、鏡で姿勢や歩行を修正しているアプローチを時折見る。
鏡で確認して鏡を無くしてもそれが持続できるのであればまだしも無くした途端に崩れるならそのアプローチでは何をしたいのか…ものすごくその場しのぎにも思える。


鏡を見ることで自己の身体や運動のプロセスを何となくでも体性感覚で感じ取れている人がその感じと実際の視覚のズレを確認するためならまだ有用かもしれない。

体性感覚を手がかりにしながら良い感覚の時に良い姿勢になっているかどうかの確認程度に使う。


良くないのは鏡に映る自分の姿を手がかりに直そうとすること。
体性感覚には注意が向かず、見た目の崩れを使える部分で無理やり見た目だけを正しく直そうとする。

患者さんは鏡の自分に一生懸命で使う部分を無理やり使っていることすら気づかない。


もしくはその一生懸命使える部分に力を入れている感じにすれば良い姿勢、動きになる!と思い込めばその努力感を手がかりに鏡が無い場面でもやろうとする。

それは例え見た目が良くとも患者さんは以前とは異なる頑張りを強いられている。楽ではないし、それが歩きやすさにつながっている実感もない。


でも患者さんはそれを続けていればいずれ前のように歩けるようになると思っているかもしれない。

セラピストが見た目にこだわり、患者さんの内感を聞かなければ。

見た目だけが良い歩きを良いよ!と言えば患者さんもそれを信じてやるしかないかもしれない。

それ以外に知らないから。


見た目だけの動きはいずれどこかに無理が来る。
過剰努力による疲労や痛み。

それでいて歩行が楽に歩ける感じもなければ転びそうな不安が減るわけでもない。

そうすればまた他の使える部分でかばわなければいけなくなる。
かばえばそれをセラピストが見た目を頼りに修正しようとする。


患者さんはその指示を信じてまた残った部分で何とかしようと努力する。

そのような方が退院後進んで動くようになるのだろうか?
必要に迫られてやらざるを得ないかもしれないが痛みと転倒の不安と常に背中合わせになると思う。



見た目よりも大切なことがあるはず。
患者さんの思いに耳を傾け、表情の変化に目を凝らすことで
本当の患者さんの抱える問題に一歩近づける。
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