スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

機能障害は重要。しかし重要ではない。

『行動し、進むにつれ、行動を正せ』

         マックスウェル・マルツ


機能障害…若き日はこればかりを追いかけてました。

PTだからでしょうか?
学校でそのことばかり習ったからでしょうか?
分かりやすいからでしょうか?

なぜかは分かりませんが
機能障害が治れば、歩行は自立する

とも思っていました。


しかし臨床を通じてあることに気づきました。

機能障害は重要。
しかし機能障害だけをみていても
患者さんを良くすることはできない。

ということに。



患者さんはなぜリハビリを受けるのでしょうか?


ROM制限を5°改善するために入院しているのでしょうか?

硬くなった筋がその場だけ柔らかくなればいいのでしょうか?

感覚障害が重度鈍麻から中等度鈍麻になるために入院しているのでしょうか?

痛いのを我慢して膝を曲げたり、
痛いのを我慢して脚に体重をかけにきているのでしょうか?


そんなことはないですよね。


このままでは今までのように生活ができない。
家庭や職場での役割が果たせない。

そんな思いがあってリハビリを受けているのではないでしょうか?


リハビリテーションの語源はラテン語で、
re(再び)+ habilis(適した)、
すなわち「再び適した状態になること」「本来あるべき状態への回復」

     by ウィキペディア


とあるように、
生活や社会へと復帰できるように手助けをしていくのが
リハビリだと思います。



機能障害、はもちろん大事です。

何らかの病気や怪我によって
身体や認知機能の障害が起こり、
それによって今までの生活が送れなくなります。


機能障害 ➔ 生活の障害

これは分かります。


でも臨床を経験すると

機能向上 ➔ 生活の向上


これには疑問が生まれます。


もちろん、機能の向上によりADLが上がる人もいます。


しかし大腿骨頸部骨折の患者さんでは
痛みが軽減し、可動域が改善してきていても、

跛行が残存する方もいます。

MMTでも筋力が改善してきているのに、
立ったり、歩こうとすると力が入らず腰や膝がガクッと抜ける患者さんも多く経験します。


これはなぜでしょうか?

そこには患者さん自身の経験による予測や運動パターンの変化があるからです。


受傷した直後、
立てないほどの激痛。

見たこともない位に腫れた脚

opeまで脚を牽引され数日ベッド上での寝返りも打てない日々。

手術に対する不安。

手術後の術侵襲による痛み。

病院という慣れない空間。

思うように動かない脚。

少し動かせば痛みが走り、力を入れようにも上手く動かない。

触るのもイヤ。

見るのもイヤ。

動かすなんて、考えたくない…

とりあえず数日間は寝かせといて…

仕事に穴を開けたけど大丈夫か…

主婦の方であれば、自分がいない間の旦那や子どもはご飯や掃除は大丈夫なのか…

こんなに動けないのに家にいつか帰れるのか?

仕事もやっていいのか?

トイレに行きたいけど、女性の看護師さんを呼ぶのもちょっと…

そういえば1週間後には抜糸すると行ってたけどまた痛いのかな…

少し寝返りを打ちたいけど傷口割けないかな…

体重かけていいって言われたけどまた折れないかな…


そんな思いもあるかと思います。


そんな中…


「こんにちは〜リハビリです(笑顔)」

「さぁとりあえず車椅子に乗りまーす(笑顔)」

「どのくらい脚曲がります?じゃあ角度測りたいんで曲げていきまーす(笑顔)」

「トイレ?!リハビリ終わるまで我慢出来ませんか?(やや怒り気味)」

「じゃあここ(平行棒)で立ってみましょうか(笑顔)」

「お医者さんが今日から全体重かけてもいいと言っていますので(笑顔)」



…………自分の若い頃です。


今、自分が当時の自分を見たら
本気で説教しています。

その頃はそれがリハビリと思っていました。

それが正しいと思っていました。


では自分がその患者さんだったら、どうでしょうか?

多分、ブチ切れてしまいそうです。

こんなに痛いのに動けるか、このやろーーーー!!!と。


でも当時の患者さんにそんなことを言われたことはありません。

患者さんはそれがリハビリだと思っているからかもしれません。

リハビリの先生に嫌われたら…と今後のことを考え我慢していてくれたのかもしれません。



もちろん廃用のことも考えれば
早期に動いた方がいいです。


でもただただ、痛みや恐怖や不安を我慢して頑張ることがリハビリではありません。

どうしたら
できるだけそのようなネガティブな思いや経験をせずに
動けるように導くか?が腕の見せ所なのではないでしょうか?


そのための機能障害の評価であればいいな、と思います。

急性期であれば
この角度やこの刺激があると痛みが出現する。

この位の力が出る

ということが分かれば起き上がりや立ち上がりでは
その痛みが出現しないように、さらに足りない力の分を介助をすることで
患者さんが自分の力を使って動くことが可能になるかもしれません。

動くたびに痛い経験や膝が抜けるなど失敗をすれば、

起き上がりや立ち上がりは患者さんにとって
痛いこと、怖いことでしかなくなります。

痛ければ、怖ければその脚はできるだけ使わないようにします。

過剰に力を入れ固めます。
他の部位で何とかしようとします。

そうすれば患側下肢のROMはさらに低下し、筋の収縮ー弛緩の制御能力は低下し
腰痛や肩こりなど他部位の過負荷から痛みが生じたりします。

起きるのが嫌になり、リハビリ以外は寝ているかもしれません。


廃用予防の早期リハビリのはずが、逆に使える部分まで使えなくしている可能性もあります。

逆に
痛みが出現しない範囲で動けば
患者さんは意外に動けるんだ、と気づきます(上手くいけば)

そうすれば動作のたびに患側も少しずつ参加できます。

痛みの改善に合わせ、介助量を減らし、動き方を変えれば
極力、無駄な痛みを経験せず
動けるようになったりします。


機能障害を問題視し、改善を目指すことは大切です。

出来る限り改善できればそれに越したことはありません。

でもその機能障害の中で
改善を図りながら、
その持ちうる能力を
動作に参加し
どうしたら上手く動けるか、を考えていくことも大切だと思います。


機能障害を評価する、ということは

潜在能力を評価している、ということでもあります。



どうしても若い頃は
ネガティブな要素ばかりに
目が向いてしまいやすいです。


でも残ったポジティブな要素を見ていくことで

今すぐに患者さんに
役に立つことができるかもしれません。

動くことに自信をもってもらうことができるかもしれません。

その中で信頼関係が生まれます。

そしてそこからが
リハビリテーションの始まりだと思います。


若き後輩たちに…

悪いところだけでなく、良いところを評価できるセラピストになって下さい。

なんでできないか?ではなくどうしたら上手くできるか?を考えられるセラピストになって下さい。

患者さんの気持ちを少しでも考えられるセラピストになって下さい。

関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。