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タッチの勉強会の内容を考えてます①

自分が行動したことすべては取るに足らないことかもしれない。

しかし、行動したというそのことが重要なのである。

Whatever you do will be insignificant, but it is very important that you do it.


               ガンディー



参加者の方に

どのような実技を行いたいか?

臨床において何に悩んだり困ったりしているか?


といったアンケートをお送りしました。


多くの方のご返信、誠に感謝いたします。



色々、ご意見がありまして本当に自分自身参考になります。




多かったご意見を挙げてみます。
とりあえず1つ。

時間があったらまた次回のブログで書きます★


起居、座位、立位、立ち上がり〜着座、歩行といった基本動作と姿勢制御と動作の誘導

やっぱり知りたいですよねー、方法論、ハウトゥー系…(笑)

ただ皆さん実はお気づきかと思いますが、誰にでも通じる動作誘導であったり、パターンがあるわけではありません。

見た目の関節運動や重心移動などのイベントを考えておくことはもちろん大切です。
でもそれだけで動作を介助したり、誘導しようとすれば

起き上がりを例にすると
患者さんの反応がないのに、セラピストが全介助で強制的に見た目だけが起き上がりのような動きになる。

これは患者さんが起き上がる、という反応を引き出したりしているのでしょうか?

自分たちの関わりの意味は、

患者さんを起き上がらせる、ことなんでしょうか

時と場合にはそれが必要なこともあると思います。起き上がらせたその先(座位やそのほか)に何か目的がある場合には。



自分としては

患者さんが(楽に)起き上がるのはどうゆうことなのか、体験できる

患者さんがこうしたら(自分で)起き上がれそうだ、という予感(予測)がする

起き上がることを嫌な体験にしない

こういったことができるために関わりたいと思っています。


起き上がりや立ち上がり、といった姿勢の変化につながる動作では、
(起き上がりでは臥位から座位、立ち上がりでは座位から立位)

その動作自体が嫌なものになってしまうと
その次の座位や立位といった機会すらも奪ってしまうことになります。

起き上がりが嫌ならベッドサイドで起きることすらできない
立ち上がりが嫌ならベッドから出ることすらできない

それはまた廃用を生み出し、患者さんの動くことの自信を奪い、さらなる悪循環を生むかもしれません。

また、逆に考えてみると
座位、立位姿勢が上手く取れない、または取れないと思っている可能性もあります。

起き上がりのゴールである座位、それが患者にとってどのようなことか分かっていないなら、その準備動作である起き上がりも上手く行えません。

歩行でも同じです。荷重に対して自信がなければ、患者さんはお尻を引いたまま、足だけを前に出し、足の裏がついたのを確認してから、時間をかけて体重を載せようとしたりしますよね。

ゴールが分からないのに、どこに向かって運動を起こしたらいいのか分からないのかもしれません。


起き上がりであれば

リラックスして寝た状態からリラックスしたまま起きる訳ではありません

上半身を持ち上げ(空間保持と制御)、さらに座位がとれる準備をしながら
そのまま座位保持制御に至ります。


全介助で起き上がらせられた患者さんは座位も自発的に保持・制御しておらず、重力に負け、つぶれたような姿勢のまま座位をとって?(とらされて?)います。

臥位➔起き上がり➔座位

のイベントがつながらず、それぞれの姿勢、動作がバラバラですね。


自分は

臥位➔起き上がる準備➔起き上がり➔座位となる準備➔座位

が連続し、つながった1つのイベントとして起こっているようなイメージです。


はい、分かりにくいですね(笑)


当日、実際に実技を通じて皆さんと経験していきたいと思います!

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