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良い◯◯…をどう考えていくか?

アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが
良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。
我々はそれをがむしゃらにやるだけである。
それはよい考えだとなったら、
多少の無理はあってもよいから
それをいかにしてやるかを考える。

         盛田 昭夫


まさに!自分が言いたいことをおっしゃっています!

偉そうに(笑)


まさかの一日100アクセスです…完全にASRIN効果だと思います。


やっぱりやってみること

行動

してこそだと思います。


後輩や新人さんに相談を受けることもありますが、
「とりあえずやってみたら?」

と言います。

やってみることで初めてフィードバック…結果が得られます。


いくら理詰めで根拠や妥当性を高めたとしても、
目の前の患者さんに望むような変化がなければ

それは机上の空論、です。


でも行動しないとそれにすら気づけません。


臨床に評論家は求められていません。

いくら現象を脳科学的に、バイオメカ的に説明できたとしても
それだけでは不十分です。

じゃあどうするの?

というのがセラピストの役割です。


もちろんメカニズムを知ることも大切です。

全く根拠なしで思いつきでやる、というのもプロではないと思います。

基本あっての応用です。


ですが、

基本的な知識をつけることで、
またその知識が増えたことが自信になってしまうことで

なってしまうんです

評論家に…


だからこうなるんだよー
脳科学的にはこうなんだよー
バイオメカ的にはこうなんだよー


…………と。


その知識に患者さんを当てはめようとしてしまいます。

それこそ無意識的に。

新しい知識が増える、
そうすると新しい視点が増える。

まさにそれこそが答えであるかのような錯覚に陥ります。

人によっては。

僕も若い頃はそうだったんだろうな、と
そして調子にのっていたんだろうな、と
思います。



患者さんには、というか誰にでも


心があります

希望や夢、不安があります

これまで生きてきた人生経験や価値観があります

それによって作られた姿勢や動きがあります

役割があります

好き嫌いがあります

そしてそれは皆違います。


それなのに同じ知識に当てはまるのか?

そりゃー当てはまらないでしょ。

でも共通する部分もあるはずです。

それが基本的な知識であり、良い◯◯でもあります。


では主題に入っていきます。


どうやって

良い◯◯を考えていくのか?

簡単です。


自分の身体と感覚でまずは考えればいいんです。


良い座位、立位、歩行、荷重、把持、片脚立位、つま先立ち、起き上がり、立ち上がり、上肢挙上、バランス、随意運動、移乗、更衣、階段昇降、ボディイメージ、予測…

切り口は色々あります。

その時に何を感じるのか?まずは書きだしてみて下さい。

そこで大事なのは、

専門用語を使わないこと

です。

リハビリの対象者となる方の多くは解剖や運動などの知識はありません。

自分たちも学生になる前はそうでしたよね。

その時の自分だったらこう言われたら
立つ感じって分かるかな?くらいの感じで、
また自分の両親に伝えるには
こんな説明したら分かるかな?くらいの感じで
考えて下さい。


専門的な知識のない、いわゆる一般の方に伝える際に
専門用語は無意味です。

というかその言葉の分からなさに混乱するだけかもしれません。

この辺(身体部位)がこんな感じがするかな?
脚全体がこんな感じかな?

くらいに考えて下さい。


そしてそれが幾つかできたら

その要素が絶対に必要か?
を考えてみて下さい。

例えば立位で、膝が真っ直ぐに伸びている感じ、が大事だ!と考えたとします。

じゃあそれは本当に正しいのか「検証」をします。

じゃあ自分はいつも、真っ直ぐに立っているのか?
それが普通なのか?

やってみれば分かりますよね。

膝を軽く緩めても、立つ感じはあります。

ってことは膝が真っ直ぐ伸びている感じ、は立つ要素でもあるが絶対的ではない。

じゃあその膝が真っ直ぐの時と緩めた時の両方に共通する感じは何なのか?

みたいにして考えていきます。


それは必ずしもうまく表現できる言葉が見つからず、こんな感触、ぐらいのこともあるかもしれません。

でもそれで良いと思います。

身体経験の全てを言葉で説明はできません。


でもその感触、と何となく掴んでいれば、

患者さんが臨床で「こんな感じだけど…これはいいのかしら?」といった発言があった時に
自分の経験を参考にしながら、かつ患者さんの反応や言葉の解釈を進めていくための取っ掛かりにはなるかもしれません。


そんなことを繰り返し、また自分の考えたことを疑い、本当にこれで良いのか?と再考を繰り返すことでより洗練された「良い◯◯」を創りあげていけるのではないでしょうか?

それは他人と同じである必要はありません。

自分自身の経験が基盤ですから。


でも他者のそれを知ることで、共通する部分や、また異なる部分に気づくことができます。

また異なる部分もそれを深めれば、実は共通する部分があったり、実は言い回しが違うだけで感じていることは同じことだったりもするかもしれません。


そんな発見が楽しい、管理人です。


まずは自分の身体を知りましょう。

自分の身体で感じられないことをどうやって他人に伝えることができるのでしょうか?

と思っています。自分もまだまだ分からないことだらけですが自戒を込めて、これを突き進めていこうと思います。
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