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4月Bridge終了+本日のスライド希望の方へ(4/27に内容を追加しました)

40名近くの方のご参加、誠にありがとうございました。

まずは…

本日ご参加された方で
資料をご希望の方は…


****資料希望の方****
・ブログ左の管理人にメールより
・メール:必ずパソコンのメールアドレスを記載
・件名:4月Bridge資料希望
・本文:氏名と勉強会の感想を書いて下さい

**************

今回はまさかの長崎からのセラピストの方の参加…

ありがとうございます。そして何かすいません(笑)

ブログでは素性も分からないような勉強会にわざわざご参加頂き、誠にありがとうございます。


今日は
片麻痺患者さんの歩行の再考

をテーマに、講義、グループディスカッション、実技と行いました。


早速、参加されたからのご感想を頂きましたので、

勝手にアップさせていただきます(笑)

一年間臨床で歩行観察を行ってきて、各相で問題点を抽出する事は慣れてきましたが治療への結びつけが上手くいかず雑なアプローチになっていました。

今回の勉強会を通して、歩行の各相をひとつの繋がりとしてアプローチし、患者さんに気づきを与えることが大切だと思いました。

また、実技を通して自分のアプローチを相手がどう感じているのか聞く事ができたので勉強会になりました。
明日からの臨床が楽しみです。

PTとして歩行を知る事は大前提だと思うのでこれからも、よりよいアプローチを患者さんに提供できるように再考していきたいと思います。

ひとつ教えて頂きたい事があるのですが、
管理人さんの勉強会やブログを拝見していると“よい◯◯”というワードがよく出てくるように思います。
僕も自分の中で“よい◯◯”をみつけたいのですが、上手く考える事ができません。
今日の歩行であれば、よい歩行は?HATへの負荷量最小限?常に骨盤の前方移動?上下左右の少ない重心移動とおっしゃっていました。

管理人さんはどうやって“よい◯◯”を考えているのですか?

なにかアドバイスを頂けると幸いです。


はい、ありがとうございます。

最近、いつも良い◯◯を考える。と言っています。

要するには理想像ですね。

良い歩行とは?

良いトイレ動作とは?

良い膝の使い方とは?

僕も明確に答えを持っているわけではありませんし、
今日はこれが、良い歩行だ!と思っていても
明日には違うことをゆうてるかもしれません。

でも現時点で自分が考えられる
良い◯◯、というのを少しでも考えるようにしています。

今日話した良い歩行の3条件、
①HATへの負荷量最小限
②常に骨盤の前方移動
③上下左右の少ない重心移動


とお伝えしましたが、
これらも歩行を捉える際の
大枠をイメージしやすいように
3つに絞っているだけで、実はもっともっと沢山の要素が
含まれています。

荷重下の立脚側下肢における「良い下肢関節の支持」

そこには下肢の支持を達成するための「(徒手的に感じられる)良い下肢筋の筋緊張のバランス・HATの重みや床から受ける力がどのように各関節間に伝わっているかの感じ」

そしてその中でHATがどのような状態で姿勢制御をしているかの「良い体幹での姿勢制御」
それを達成するための「良い体幹の反応の仕方」それを手で感じられること。
そう言ったら「良い体幹の姿勢制御の反応、骨盤〜胸郭間の保持の状態(腹腔内圧)の感じ」

などなどなど…

ゆうたら沢山ありますし、逆に言えば何とでも言えます(笑)

でもそれを一日の勉強会で伝えることは不可能ですし、
若いセラピストの方に歩行を大きく捉えるためのヒントとしての前述の3つに絞っています。

では、自分はそれをどうやって考えているのか?ですけど

①まず文献や本で基礎を勉強する。
②自分の身体で確かめる、感じる、反証する
③患者さんとの臨床の中で患者さんの反応や声とすり合わせていく


これを繰り返しているだけです。


まずは基礎知識を勉強します。今日もありましたが、良い歩行は患者さんが楽に感じられること、という意見がありました。もちろんそれは大切なことです。でもその主観的な「楽」というのも結果なんです。

なぜ楽に感じられるのか?を考える必要があります。
楽だから良い歩行なのではなく、それを達成するためのバイオメカ的な姿勢制御や筋活動が行われ、無駄な努力なく、筋出力が全て推進活動に使われるからこそ「楽」という結果が生まれてくるのだと思います。また神経科学的な捉え方をすれば患者さん本人が意図したような運動をズレがなく、思い通りに身体が動いている、予測と結果のズレが少ないからこそ「楽(思い通りになっている)」という言葉が出てくるのかもしれません。

患者さんの主観を大切にすることは、重要です。でもその主観的な発現を生み出すためのバイオメカであったり神経科学的な知識を持っていないと、何が起こっているかは全く予想がつかないけれど、患者さんが良いって言ってるから、良いんだ。となってしまいます。ある意味生き当たりばったりになっているかもしれません。

患者さんの主観的な発言と、客観的な事実がリンクしている時、これは良い反応なんだな、と自分は考えています。

そしてそれを自分の身体で理解できること、頭ではなく身体で理解できること。これが大事です。
何か運動をしている時、多くは自分の身体は見えないです。
歩いている時に自分の身体は見えないのに、健常者は上手く歩けます。当然ですが…

ということは歩いている当人は見た目なんか知らないんですよね。
でも健常者はいわゆる正常歩行で歩いています。
もちろんガニ股、内股、円背など個人差はありますが、前述した3つの要素は概ね果たしていますよね。

正常歩行はあくまで目安です。平均値±標準偏差に含まれている範囲がいわゆる正常です。
平均値にジャストに乗ってくる、ことを目指すと患者さんに無理を強いることになります。

例えば、自分の歩き方が平均値+標準偏差5(何の基準やら分かりませんが)の歩きだとして、
患者さんが平均値+標準偏差ー3で元々動いていた人ならそこにはズレがあります。

自分の動きを知ることは大切ですが、それを押し付けることは正しいことだとは言えません。

歩容は違えど、達成すべき良い歩行の条件を満たしているのであれば、標準偏差−3でも良いんだ、という自分の中での新たな選択肢(良い歩行の基準の幅)が拡がるかもしれません。

その幅を知るためにも、多くの健常者の動きを見て、触って感じ取ることが必要だと思います。

あと大切なのは、動きを手で感じ取れることですね。

すぐにはできません。


今日の勉強会でも色んなセラピストに触られた時に

見た目では同じような介入をしていたとしても

おっ何か良い!!とか
なんかやりにくいな…とか
何しようしているか(何されているか)分からん…

と言った経験をしたかと思います。


見た目じゃ分からないんです。
でも受け手、患者さんの経験は本当に大きく違うものになっているはずです。

それを感じ取れるのはセラピスト1人1人の方の手からしかできません。

自分もまだまだ修行中です。

でもそうゆうことを考えられるセラピストが増えるといいな、と思うので今後も勉強会を続けていきます。

暇でどうしようもない、という方はお付き合いください(笑)
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