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管理人の最近のつぶやき

昨日、一昨日とつぶやいたことに多くの方の反応がありまして、ありがとうございます。

ブログでまとめて書いておきます。


***********

どんなに難しい知識や治療理論があろうとも、どんなに情熱があろうとも、

患者さんの求めている、

今、そしてこれからの生活、人生をどうにか良くしたいということ。

その期待に応えられるかどうか、が大切だと思う。



ある姿勢や動作を、どれだけ多くの視点を持って観察できるか。

そしてその解釈をどれだけできるか。

そこから生まれた仮説を検証できるか。

検証から導かれた問題点を解決できるか。


当たり前だけど、ここが基本になると思う。




仮説はあくまで仮説。

検証し、仮説がその方に当てはまっているのかを確認しなければそれは予想であり、空論。



自分は後輩からの質問をできるだけ臨床場面に一緒に介入して考え、実践するようにしている。

口だけで言うのは簡単。なんか難しいことを言えばそれらしく聞こえる。

でも後輩が悩んでいるのは、結局のところ、じゃあ明日からの臨床どうしたらいいの?ということ。


その後輩の悩みに対して、自分なら実際にどうするのか?
それはなんでそうするのか?その時の患者さんの反応はこうだから、もっとこうした方が良いよね。
と患者さんを通じて一緒に見て、感じてもらう。

大切なのは、小難しい理論でなく、その場で患者さんが喜んだり、変化に気づくことを経験できること。



見た目は同じ課題であっても、こちらの環境の設定や声のかけ方で、患者さんにとっての課題の意味は変わる。

説明し倒していれば、それだけで情報処理に患者さんは疲れ、集中できなくなる方もいる。
そんな時のふっと気が抜けた表情や目線の変化などを見逃さず、伝える。


大切なのは、課題をやることではなく、
患者さんにとってその課題がどのような意味を持つか、どのような経験をするかを考え、実践すること。

その難易度がその人にとって、高いのか、低いのかを
患者さんの表情や動き、仕草の変化を自分がどう捉えて課題の難易度を調整しているか、を後輩に伝えること。



分からない、難しい、知らない、やったことない…ってゆうのは簡単。

でも自分の家族がそんなセラピストに担当されたら、嬉しくないですよね?

というか担当変えて欲しいと思いますよね。

できない理由を探すよりは、何ができるかを考えた方がよほど有益だと思う。



プラトーはセラピストが作る。

機能回復はここまでです、と。
生活期の方でも変わる方は変わります。

また機能回復が難しくても、日常生活をもう少し楽に行う方法は提案できるかもしれません。

本人や家族の負担が少しでも減る方法は提案できるかもしれません。


機能の問題はありながらも、今よりも少しでも楽しい人生を送るための提案はできるかもしれません。

視野を広げれば、セラピストの関わりによって変化を生むことはできるはず、と根拠はないけど信じてやっています。


分からない、って言ってても分かるようにならない。

できない、って言っててもできるようにならない。

要は、まずはやってから言えってことですね。

できるまでやれば、できないって言うことはないはず。
という今流行りでない根性論。

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多くの方に返信やリツート、お気に入り登録頂き、ありがとうございました。

今後とも、自分の思いややっていること、感じていることをつぶやいていきます。


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