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「私の名前、覚えてますか?」これに意味は…?






「私(セラピスト)の名前覚えてますか?」と
自分の名札を隠して、患者さんに聞く場面をたまに目にします。


これって、何の意味があるんでしょうか?


患者さんが、あなたの名前を思い出せない、知らないことで

生活に支障をきたすのでしょうか?


セラピストの方は、何を意図しているんでしょうか?

名前を覚えてもらいたいのか?

患者さんの記憶力を試しているのか?



自分の名前を無理矢理覚えさせた所で、何かが変わるんでしょうか?

変わるんなら良いと思います。

逆に記憶力の問題であったり、そもそもセラピストの名前なんぞに興味がなくて
覚えていなかったり、思い出せなかった場合に、

患者さんは

セラピストに
失礼なことをした…
ごめんなさい…

なんてゆう聞かなければ生まれることすらない
負の感情を作り出してしまうかもしれないのではないでしょうか。


もちろん、僕も初対面では名前を出して挨拶をします。
担当の方でも、
名札の位置に患者さんの目線が動いた際には
すかさず、名前を名乗ります。

別に名前覚えましたーーー?なんていじわるはあまりしません。

名札を見ようとしてくれているのは、
名前をまだ覚えていないけど、覚えようとしてくれている意志の現れだと思うんです。


名札を見ようとしている時点で
まだ名前を覚えていない、けど覚えようとしてくれているサインだと思うんです。

そこをすかさず隠して「名前覚えましたー?」なんて聞いたら
答えられないですよね。
答えられないと申し訳ないと思ってくれているから
名札を見て確認しようとしているのに。


僕は人の名前を覚えるのが苦手です。
やっと最近、新人さんの名前と顔が一致したり、しなかったりします(笑)


記憶は情動と結びついています。

何か心が動かされた時、その経験と一緒に記憶されやすくなるようです。


だから自分は担当のスタッフが休みで、
代わりに入った時に

次の日にその患者さんとすれ違った時

「昨日はありがとねー」「あの後は上手くいったよ」とか
リハビリを通じての経験を覚えてくれていて、
声をかけてくれることがすごく嬉しいんです。

あとはリハビリが終わった後に
「名前何だった?」と患者さんから名前を覚えようとしてくれている時や、

あと一回しか入ったことのない患者さんに
「(自分を指さして)あの人がこれ教えてくれたんだよ」と担当のセラピストに説明してくれていたりすると

関わって良かったな、としみじみ思います。


自分の名前を覚えさせることなんてどーでもいいんです。

患者さんが喜ぶことを提供できれば
自然と顔や名前を覚えてくれます。

信頼関係はリハビリの関わりの中で、患者さんの心と動きがいかに良い方向に変わったのか、そこから築き上げられるのではないでしょうか。


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